消失の布告
「……それよりも、彼の指輪です。
どうやら総帥は、布告を出すつもりがなさそうなのです。
これは如何なる意味合いを持つのか……」
継承戦では持ち主の死亡、それに伴う指輪の喪失も起こり得る。
そのための決まりも定められている。数年前を思い出す。
真っ先に脱落したのは、今ではもう顔も思い出せない三男だ。
際立って強いわけではなかったが、特段弱くもない中堅の立ち位置だったと思う。
それが事故か偶然か人災か、突如発生した火災に呑まれてあっさりと死んだ。
拠点の大部分が焼け落ち、指輪の回収どころか亡骸すら見つからなかった。
彼の死後、即座にオルノーグから布告が出た。
『第三の指輪は失われた。以降探求は無用であると心得よ』
それは実質、三男の死亡宣言だった。
これは通称「消失の布告」と呼ばれる。
たとえ指輪の所持者が存命であったとしても、この布告が出された時点で兄弟間の争いからは脱落したことになる。
つまりは、三男の指輪を獲得する必要はないということだ。
別に持ってきてもいいが、評価の対象には含めないという宣言だった。
逆に言えば、この布告が出されていないのなら、何としても入手しなければ勝者にはなれない。
たとえ炎に巻かれても水底に沈んでも、瓦礫に埋もれていたとしても、草の根分けてでも探し出さなければならない。
「はて。俺の方にはまだ情報は来ていないなあ……
誰かが回収した、ということではないか?
その旨が総帥府に報告されたなら、布告を出す意味もない」
「……やはり、その線が濃いでしょうね。
誰かが所持しているのであれば、奪うしか……」
「はは、まあそう思い詰めるな。眉間に皺が寄っているぞ?
……こういうのはな、忘れた頃にひょっこり出てくるものだ。
今はそれより……教団との戦線だ。どうなっているのだ?
医師団の薬も活躍中と聞いているが。
良いようであれば俺も使ってみたいなあ、実際のところ使い勝手はどうだ?」
「……役に立つことは間違いありません。
管理が繊細で、少々危なっかしくはありますが。
しかし先日の白光が教団の……聖者の御業、ということで……浮足立つ者たちも少なくありません。
無理もないことでしょうが。
それを押さえつけるにも役立っています」
「くく、そうか。……俺のところからも見えたぞ。
いやはや、魔晶銀を注ぎ込み全機能を解放した『虚月』でもあんなことはできまい。
あれこそ神の御業というものか……
ワーレン教のご利益とやらも中々どうして、侮りがたし。
今からでも改宗は可能だろうか?冗談だが!」
無表情のままの兄は、しかし明らかに浮ついた声で滑らかに言葉を連ねる。
いつにもまして機嫌が良いことがその声調で分かった。
バルジールは慎重にその様子を窺い、探りを入れる機会を狙う。
「……兄さんはここ最近の教団の躍進を、どうお考えですか?」
「まあ、確かにこの追い風で教団は勢いづいているがな……だがそこはそれ。
悲観することでもあるまい。
勇んでいるとは、裏を返せば足場が不完全ということ。
勢いづいたものほど転びやすく、一度倒れた時の被害も甚大だ。
……俺は、そのためにも来たのだぞ?」
「……宜しいのでしょうか、兄さん」
「弟を助けるのは兄の義務であり特権だろう?
私情としても、ヴェンリル家に一泡吹かせるためなら協力は惜しまんよ。
だからこそ、アルばーに会う前にここに立ち寄った……さあ、詳しいことを詰めようではないか」
声だけ笑って、けれど顔は静止したまま。兄は弟に、そんな風に悪巧みの誘いをかけた。




