リゼルドとサウスロイ
「もって半年。まあ、そんなところだろうね」
足元には白煉瓦が連なり、頭上には晴天が広がっている。
春先の風に黒髪をなびかせながら、一通り報告を聞いたリゼルドは独り言のように呟いた。
場所は占領した都市の監視塔であった。
そのため眺めが良く、街の様子が良くも悪くも具に見える。
それにくるりと背を向け、青髪の奴隷に向き直った。
「おかえり、サウスロイ」
「ええ、やはり教団は良いですね。他とは空気が違います。
それもこれも神と猊下の御光故でしょうか。
先日には素晴らしき瑞兆も訪れたとかで、さぞ感じ入る者も多かったことでしょう」
笑って答えるのは、父の遺産の中でも気に入りの一つだ。
リゼルドがまだ幼い頃、父が楽団から買ってきた奴隷であり、今は家が保有する戦闘奴隷の一人として活躍している。
数年前に周りから聞いたところによれば、父の生涯で一番高い買い物はこれであったらしい。
何しろ前の持ち主にとっても上物の金蔓だったのだから、手放させるために相当金を積まされたようだ。
そんな経緯を抜きにしても、リゼルドはこの男を評価していた。
客観的な意味でも、主観的な意味でもだ。
父の遺産で未だに飽きが来ていないものなど、いつも着ている黒の外套とこの男と、愛すべき兄姉たちくらいだ。
リゼルドは父の寵臣を遠ざけることが多かったが、サウスロイはそれを免れた。
理由は至極単純、気に入ったからだ。
「……教徒入りしたいならいつでもさせてあげるよ?
お前の戦功と僕の口添えがあれば反対はされないだろうし」
「いえいえ、それは結構。
教徒になれば、妻一筋でなければならないのでしょう?
この世には素晴らしい花々が咲き乱れているというのに、そのような無情なことはとてもとても……
ああ、思うだけで胸が張り裂けます!」
その返しにリゼルドは「お前は本当女に弱いね~!」とけたけた笑ったが、すぐに表情を一変させる。
「…………まあそんな建前は良いんだよ。
お前の耳にはどれくらいのことが届いているの?
きりきり吐き出して貰おうか」
高台の涼しい空気に、冷たく重く血腥いものが広がる。
サウスロイは微笑みを崩さず、ゆっくりと首を巡らした。歌うような声が流れ出す。
「……何もかもが目まぐるしく展開していきますね。
今回の御主人様の速攻にも驚きました。
サダンに繋がる要衝の多くを、僅か一月ほどで攻め落としてしまわれるとは」
「相手が泡食ってたお陰でそんなに難しくなかったよ~?
白竜様々、聖者様様々だね。
後はルヴィオンが落ちれば、サダンに攻め入る準備が整う。
……ただし、情勢的な期限がある。
おまけに厄介な肉壁どもがいるもんだからさ~あれにはちょっと参ったね」
サウスロイはそれを聞き、端正な顔に静かな笑みを滲ませた。ここに来るまでにも何度か小耳に挟んだことであり、彼としても関心を引かれる事柄だった。
「……例の死兵たちですか。医師団の薬物を投与されているという」
「そうそれそれ。いやすっごいよ、鼻血流して目血走らせて後から後から湧いてきてさあ。
味方の死体踏みつけて、腕落とされても止まんないの。
クスリってこれだから怖いんだよねえ」
リゼルドはくすくすと笑うが、その声に楽しげな響きはない。寧ろ空疎だった。
町並みの景色に目を流す表情からは、何を考えているのか窺い知れない。
「でも、あんまり時間はかけられない。
ルヴィオンはあと一ヶ月もかければ落とせるだろうけど、サダンに使えるのは五ヶ月が精々だ。
内部争いが終結したワリアンドが攻めてきたら時間切れ。
有力者の誰かが痺れを切らした場合も同様だ」
「分かりきったことですね。教団の規模と力では、同時に二つの戦線を支えることはできません。
楽団が相手となれば尚更です。
サダンを取れたら有益なことは間違いないとしても、自領に攻め込まれるのは完全に死活問題でしょうから」
「そう、どちらが優先されるべきかなんて明白。
だからワリアンドの誰かしらが攻めてきたら、僕はそっちに行かなきゃいけない。
そうなれば一年以内にサダンをどうこうするどころじゃないし、以前の約定なんて当然白紙、僕は一生使徒家の笑い者だろうね。
……それが実現するかも、不確定だけど」
「……聖都におわす至尊の御方は、何と仰せられているのでしょうか?」
「今朝方届いたところによると、地境の平穏のためのあらゆる努力を許して下さるそうだよ。いや燃えてきたね~~!!」
奴隷は教主を「猊下」と呼ぶことは許されない。
サウスロイの慎重かつ丁重な言及に、リゼルドは上機嫌な笑い声を上げた。
教主に言及する時は大抵がこうだ。答えを返しながら彼は愉快そうに目を緩める。
その仕草は今はなき彼の父に良く似ていた。
「だからさあ」そんな声とともに、花弁が開くように指が開き、白い手袋越しの掌が向けられる。
その向こうで笑うリゼルドの顔は、楽しい玩具を催促する子どものようだった。
「方方遊んで、あれこれ貯め込んできただろう?お前の情報を洗いざらい寄越しなよ、悪いようにはしないから」




