使節団
一夜が明けた後、聖都シルバエルの大門から出立した使節団があった。
その一団を率いるのは、小柄な二つの影である。
馬に乗って颯爽と駆けていくのは、カドラス家のシオンとユミルである。
良く似た金髪を翻して馬を駆る彼らは現在、エルフェスへの伝令の任を負っていた。
シオンは柔らかく微笑み、隣を行くユミルに目を配った。
「どうですか、ユミル様。乗り心地は」
「はい、問題ありません!それより胸が踊ります!
久しぶりに外に出られるのも嬉しいですし……何より聖者様とお会いできるなんて、本当に楽しみです!」
「そうでしょうとも。それに思い切り馬を走らせるなど、魔の月間はできませんでしたからね。
ですがこれも正式な任務、浮かれず気をつけて参りましょう」
「はい、勿論ですシオン!」
そう溌剌と笑ったユミルが再び口を開いたのは、それから大分進んでのことだった。
「……それにしても最近は、聖者様のことで持ち切りですよね。
聖者様は、やはり特別な御方なのですね。
あんな恐ろしい竜を成敗してしまわれるなんて。
それに出現時も、吼えたのが白竜であると、即座に看破なさったのでしょう?
伝説の魔獣の声など、まさか誰も知らぬはずなのに……」
「そうですねえ。
ですが、私は些かあの方が心配です。
何もかもお一人で抱え込むところがおありですから、お傍の勇者殿が上手く支えて下されば良いのですが……」
シオンは言いながら、僅かに顔を曇らせた。
かつて聖者に付き従った、けして長くはない月日。
そして起きたとある一件、それによる解任の流れを思い出し、胸中に不安が広がる。
許されるならば、今この時もついていて差し上げたかったとそう思う。
「…………」
隣を走るユミルに気付かれないよう、一瞬後方に視線を送る。
走ってきた方角に――聖都に、思いを馳せる。
ユミルはその間にも、興奮気味に言葉を綴った。
「麗しき御遣いということは前から承知していましたけれど、まさかそんなに凄い方だなんて思いもしませんでした。
シオンは聖者様に仕えていたのでしょう?
聖者様について知っていること、何でも教えて下さい!!」
「……ええ、それは構いません。
ですが……恥ずかしながら、私などに語れることは多くありませんよ。
以前お仕えしていた頃から、殆どお心の内を零さぬ方で……
私からあれこれ聞き出すよりも、御本人に聞いてみると良いでしょう。
あの方のことですから、ユミル様を蔑ろにされたりはしますまい」
「そうですか……そうですね!
何にせよ、聖者様は凄い方です。
竜を打ち払い、かの『黎明』のように教団領をお救い下さった。
僕もいつか、勇者殿にも負けないほど強くなって、聖者様のお役に立ちたいです!」
幼い甥は溌剌と笑う。
それにシオンの心は明るくなった。
そうだ、新たな年は始まったばかりなのだ。
それも、竜の打倒という素晴らしい形で――何にせよ、今はそれを喜ぶべきだろう。
「……ええ、はい。そうですね、ユミル様。
そのためにもこれから一層励みましょう。
鍛錬は己を裏切りません」
「はい!何よりもまず己を鍛える、ですね!!
それこそ竜だって倒せるくらい、カドラスの名に恥ずかしくないくらいになってみせます!!」
朝日は眩い光を降り注いで、天の高みに昇っていく。
魔の月を越え、壁の外の世界は柔らかい春の光に満ちている。
金髪の少年は未来の不安など跳ね除けるように、明るい笑顔を浮かべて見せた。




