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天慶花

「そうですか、ウィリス様がそんなことを……」


 その後様子を見に行ったシノレを、聖者は白い顔で迎えた。

今日は上体を起こし、肩掛けを羽織った姿だ。

顔色は相変わらずだが、どうやら昨日よりは調子が良いらしい。

だがその顔には微妙な曇りがあった。


「……前から思っていたけどさ、ウィリス様のこと苦手なの?」

「いいえ、ただ……優しくされるのは、苦手です」


 新年を迎えてからというもの、辺りはすっかり春めいている。

だというのに少し寒そうに肩掛けを引き寄せながら、聖者はそう言った。

ちらりと部屋を見回す。

至る所に花が飾られ、競うように咲き誇っていた。


「聖者様への贈り物はしょっちゅうだけど……

ここ数日は、花が凄く多いよね。特に白が」

「ああ……おそらく、ですが。

魔の月で被害が出た場所で、散華式が行われたそうですからね。

そういう時は、各々白い花を持ち寄ったり、贈り合うのが教徒の習わしなのです」

「散華式?」

「魔獣に襲われて傷んだ土地に、天慶花を植えるのです。

供養と復興を祈願して……それを散華と呼びます。

でも、本当の天慶花を配り合うわけにはいきませんから、代わりとして」

「いやそもそも、……天慶花?なにそれ」


 そう聞いたシノレに、聖者は少し意外そうな顔をする。

淡い金のまつげが揺れ、見開かれた碧眼が、灯りを弾きながらぱちりと瞬いた。


「……見たことがないのですか?

美しい白い姿で、魔獣の瘴気を吸い取ってくれる、有り難い花なのですが……」

「……あー、処刑人のことか。こっちでは随分綺麗な名前で呼ばれてるんだね」


 その手掛かりを受けて、菫に似た白っぽい花の姿を思い出す。

外に巻くように広がる白の花弁の根本では、青みを帯びた小さな花弁が取り巻き、丁度露を湛えたような様をしていた。

その花のことは知っていた。

あの灰色に曇った故郷で目にできる、数少ない明るいものだったが、しかしその花畑には住民全員を殺せるほどの毒が潜んでいた。


「僕の故郷では、群生地が近くにあったけど近寄ることもなかったよ。だってあれ猛毒でしょ」


 いつからか、勝手に群生していたと聞いた。

処刑人と呼ばれていたのは他でもない、専ら武器に汁を塗ったり、さもなくば動けない者や助からない者を処理する毒として使われていたためだ。

そのまんまである。

花に葉に茎に根に、至るところに凄まじい猛毒を持っていたが、その毒に救われてもいた。

この花の最大の特性は、その毒で以て魔獣の瘴気を中和できるというところだ。

白い花は瘴気を吸うほどに透き通っていき、完全に中和しきると透明な、硝子細工のような姿となる。


 魔獣が出現した場所、特にその血――厳密には血液ではないが――が流れた場所は、瘴気が覆い作物が育たなくなる。

汚染された土地の回復のためにその花を植え付けることを、教団では散華と呼ぶらしい。


「それはそうですが……その毒があればこそ、魔獣の瘴気も受け止められるのです。

上手く処置すれば、瘴気関連の病の治療薬にもできます。

見た目も非常に美しいですし、教団では聖なる花とされ、意匠に用いられることも多いのですよ。

それこそ、ザーリア―家の家紋も天慶花を元にしたものですし」

「綺麗、か。……考えたこともなかったな」


 魔獣の汚濁も荒れた土壌もものともせずに、死者を苗床に咲き乱れるそれは、寧ろどこか不気味に思えて、当時のシノレはあまり見ないようにしていた。

そもそもその花を間近に見ることは、あそこでは多くの場合死を意味したのだから。

……とりわけ、ある一件からシノレの中では、見たくもないほど嫌いな花と化していた。


 ――故郷で、かつて。赤眼の男に齎された惨劇の結末が、その花の下に埋まっている。


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