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聖者の御業

 いつもと同じく、当然の摂理として、月が落ち日が昇った。


つい昨日まで地面を覆っていた魔獣たちも、上空を統べる竜の気配もない。

訪れた朝はただ明るい。

静かな穏やかな日の出だった。


やがてそれは空を巡り、再び西の果てに落ちる。

そんな、何の変哲もない一日が暮れた。

だがそれまでを思えば、その平凡な一日の得難さを、その時ばかりは誰もが噛み締めたことだろう。


「――つきましては、間違いなく竜の撃墜、引いては消滅が確認されました。

付き従っていた魔獣も多くは塵に帰り、新たな攻勢の予兆もございません」


 それから一両日が経った夕暮れ時、その報せが聖都の教主の元に齎された。

片膝をついた使者を教主はいつも通りの微笑で労う。


「ご苦労。

――皆、聞きましたね。

これを以て、此度の大攻勢の終結が確認されました。

新たな攻勢を憂う必要はありません」


 その声に、さっと周囲に喜びの波が立つ。

「流石は聖者様」

「真実神の使者であられる」

「まことに素晴らしい……!」

と興奮気味に囁き交わすのが聞こえてくる。

教主の側近ともあろうものがこのように騒ぐなど普段は有り得ないが、事が事だ。

聖者の降臨は、教徒に与えられた神の慈悲である。

それが彼らを脅かす、原罪の落し子たる竜を打倒した。

これは神が教徒の贖罪を認め、聖者を通して地上を嘉したということ――教徒の解釈はそのようなものであり、高揚に我を忘れても不思議はなかった。


そんな中でザーリア―当主がそれに眉を寄せ、冷え冷えとした冷静さで言い放つ。


「静粛に。猊下の御前である」


 それが響くや否や、場は静まり返る。

誰もが高揚を一時鎮め、教主の次の言葉を待った。

粛然と模範的な、それでもどこか浮かれた空気の中、教主は少し考えるように目線を流した。

その目に、言葉に浮ついたものは全くなく、冷ややかですらあった。


「……今回のことについて。

エルフェスの聖者様に、直接お話を伺いたいと思います。

至急聖都に戻られるよう計らって下さい」


「それが……あの御業の影響で、聖者様は臥せっておられるそうで。

移動どころか、対話もままならないご様子と知らされています。

聖都へのお戻りも、すぐには難しいかと……」


「…………そうですか。

では、ウィザールは何と言っていますか?

聖者様が事前に何かを伝えていたというのなら、報告が上がっているはずですが」

「はい、報告によれば……所蔵していた宝の一つである剣を、聖者様のご所望により献上したそうです。

そしてその際に聖者様は、これから起こることは全てご自分の責任と、そう仰ったということです。

詳しくはこちらに纏めてあります……


ウィザール様は此度のことを大変お喜びになりまして、聖者様の御業に心からの感謝を捧げ、快癒のためにできることは何であれさせて頂きたいと仰っています。

ひいては昨日を祝日とし、エルフェスで盛大な祝賀を催すおつもりだそうです。

聖者様の降臨こそ、神の慈悲により世が救われる兆しに相違なしと誰しもが囁いております」


「……そればかりとは、思えないのですがね」


 その声は、傍にいたベルダットにも聞こえないほど小さかった。

微笑を全く動かさず、教主は玲瓏な声を発する。


「良いでしょう。

一先ずはあの方の言を認めます。

此の度のことは聖者様の御業であると、そのように内外に公表しなさい。

ソリスにもその旨伝え、然るべき処置をと伝えておくように――


……そして、今回被害を受けた土地の供養にも取り掛かる必要がありますね。

現地の司教に通達を。

速やかに手筈を整え、私の名の下に散華式を行うよう伝えなさい。

エルフェスにも使者を出し、聖者様のお戻りに向けて準備をするように」



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