老師の言葉
りりん、とまた鈴が鳴る。
下に集った者たちは、それに気づく様子もなく論議を続ける。
「件の竜とやら、今は東部にいるんだって?
どれだけ被害が出るのかなあ。
早く南に行って欲しいねえ」
「そうなると教団が被害に遭うよ?
まあ、それはそれで見てみたい気もするかな」
「言えてるー!聖なる教主様はどんな顔しているのだろうね、今頃」
けらけら、くすくすと嘲笑の声がその場を埋めそうになるが、その直前に進行役が一つ咳払いをした。
やや首を動かし、傍らに座る老婆に問いかける。
「……つきましては、老師。
今後の対応についてお言葉を頂きたく思います」
「…………ええ。皆の者、聞くが良い」
老師がそう言った途端、辺りは静まり返る。
それに表情を変えぬまま、朗々とした声で告げた。
「千年ぶりに竜が現れた。
この局面に対して我らが取るべき方策はただ一つ、籠城です。
竜は放置、各都市への援助や救援もまた不要です。
我らの核にして全てである、このトワドラさえ守られれば何も問題はない。
……既に壁は起動しているようですが、今後次第で更に警戒体制を強化することも考えられます。
千年樹を維持する燃料は、充分に行き届いているでしょうね?」
「それは問題ございません。
昨年楽団から買い付けたものが残っております。
ですが念の為、配分を見直す必要があるかと思います。
試算が終わりましたらご報告に上がります」
「宜しい。ではそのように」
呟きや、毒づきや、笑い声や、ため息や。
それぞれの物思いが吐き出され、遠ざかっていく。
一つ、また一つと水晶の光が落ちて、やがてそこには誰もいなくなり、灯されていた光も落ちて、完全な闇と静寂に包まれた。
鼠が出ようと竜が出ようと、彼らがすることに変わりはなかった。
トワドラさえ守れればそれで良い。
トワドラが落ちる時が医師団の終焉であり、裏を返せばそうでない限り彼らの滅びは訪れない。
人気のなくなった闇の中に、もう一つ鈴の音が落ちた。




