地図
その時、周囲の気配がざわついた。
ばたばたという気配と、足音が近づいてくる。
程なくして「シノレ!」という声とともに駆け込んできたのは聖者だった。
その顔は心做しかいつもより青い。
「戻ったら部屋にいないから、どうしたのかと……」
僅かに肩を揺らし、シノレの姿に表情を和らげる。
ウィリスはと言えば、そんな闖入者の姿にぱっと喜色を浮かべた。
「これは聖者様、昼間はありがとうございました。
またこうしてお目にかかれて望外の喜びです。
近頃一層輝きを増してお美しい。
しかし、要らぬご心配をかけてしまったようで申し訳ありません」
「あ、ウィリス様……いえ、ウィリス様なら問題はないだろうと、思ったのですが。
どうにも気になってしまって、こちらこそこのように押しかけてしまい失礼を」
「失礼なわけがありません。
聖者様ならいつお出で下さろうと、家を上げて歓迎致します。
……それはそうと、今丁度、シノレと教団のこの先について語らっていたところでして。
聖者様も、宜しければどうぞこちらへ」
そこから上座を譲り合って押し問答し、結局は聖者が諦めたように上座についた。
新たな椅子を用意させたウィリスはにこにこと、それまでに増して上機嫌な様子で話を再開する。
ウィリスを中央に、シノレと聖者が向かい合わせで座っている位置関係だ。
ウィリスは更に運ばれてきた小箱から真鍮製の駒を取り出し、地図の上に置いていく。
「オルノーグ、ワリアンド、ナーガル、ツェレガ、ブラスエガ、グランバルド」
一つずつ唱えながら配置を終え、そしてシノレに目を向けた。
優雅な指が北側の駒を一つ倒す。
そしてもう一つ、中央辺りの駒をつついた。
「……今回、大きな被害を受けたのがこれらの地点だ。
北は常態としてここももうお馴染みだな……
毎年のことながら、本当に魔獣が湧きやすい。
お前は、この辺りの出身なのだろう?」
「はい、丁度この隅の……ツェレガの端の端、ですね。
仰る通りほぼ年中魔獣が居座っているような場所で、楽団領と言ってもほぼ統治されていなかったので、年がら年中魔獣や色んな人間が来ては暴れて去っていって。
気の休まる時間はなかったです」
ウィリスはその答えに「苦労したんだなあ、お前」と眉を下げるが、すぐに咳払いした。
「話を戻す。
……この内教団と大きく接し、長年対立しているのはブラスエガとワリアンドだ。
この辺には旨味のある土地も多いからなあ。
……先代猊下を弑したのは、ブラスエガの一都市であったグレンフィスの残党と言われている。
その一件からブラスエガと五年間戦争し、オルノーグがワリアンドを抑え、ツェレガはブラスエガと小競り合い、ナーガルとグランバルドも揉めて、ワリアンドと三つ巴になりかけていた。
大まかに纏めるとそんな構図だ。
そしてワリアンドが新たに手を結んだのがロスフィーク。
……この図を見て、何か思うところはあるか?」
「…………」




