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追跡

「聖者様。失礼致します」


 その日は朝食を終えた頃に来客があった。

シノレは席を外そうとしたが、当の客にそのままでいいと制止される。

聖者は客を迎え入れるべく席を立って、丁重に頭を下げた。


「……ウィリス様。何か、御用でしょうか」


「聖者様におかれましては本日もその麗しさに曇りなく、まことに慶賀に存じ上げます。

朝一番に恐れ入りますが、当主様がお呼びでございます。

恐縮でございますが、奥棟の執務室までおいで下さい」

「それは、……はい、承知しました。シノレ、いつも通り部屋に戻っていて下さい」


 これはやはり、あまり状況は良くないようだ。一目で見て取れた。

ウィリスの顔色も優れないし、常日頃のように延々美辞麗句を並べ立てるでもない。

その簡潔な切り出しからも、あまり余裕がないことが聞き取れる。


「シノレ。ついて、来ないで下さい」


 去り際の聖者は妙に、そう言葉尻を強調した。


 ……何となく聖者の考えていることが分かるようになってきた。

自室に戻ってから意識を集中させ、体だけ残して後を追う。

あまり早い足取りでなかったため、すぐに追いついた。

聖者もすぐにそれに気づいて、手を繋ぐというか、追ってきたシノレと自分を結びつけるようにした。


ぼんやりと、途切れそうな糸を繋げて、聖者についていく。

ウィリスに導かれるまま聖者が進んで行った先、城主の執務室でも重苦しい緊迫感が漂っているようだった。

と言っても現在のシノレの感覚は焦点が定まらず、ゆらゆらとぼやけるような不確かなものなので、確言はできないが。


「ウィザール様。何かございましたか」

「ああ聖者様。お目にかかれて光栄でございます。

聖者様のご尊顔を拝し、これまでの疲れも消えていくようです」


 そう笑うウィザールだが、やはり疲労と窶れが顔に出ていた。

そういう気配は伝わってきていたが、やはりここ暫くは相当の激務続きだったらしい。

この期間は、教徒の多くが祈りのみに専念するが、使徒家を始めとする上層部の面々は例外だった。

他方のあらゆる脅威から自領を護り、変わらず教団を運用するため、通常以上の激務が伸し掛かる。


「よくぞおいで下さいました。

実は、新たに増援を出すにあたって軍を増員、また配備し直すことにしまして」


「……魔獣の波は、この辺りまで迫りつつあるのですか」

「いえ、幸いこの辺りは今のところ、それほど大きな被害は出ていませんが……

ですが例年と比べても魔獣の襲撃が思いの外激しく、北が押されているそうです。

……殊に、北部の領土を担うシュデースやファラードは魔獣の対処に追われ、一部手が回りきらなくなっているようで。

まだ要請は届いていませんが、準備をしておこうかと」


「……北側の皆様が多くの負担を引き受けてくれていることで、我々も安泰でいられるのです。

教徒同士は常に支え合わなければなりません」


「ええ、それが我ら教徒の信条でございますから。

……それに、人間相手にも気は抜けません。

地境の警備も整えねばなりませんし……そういう兼ね合いもあり、急遽、予定よりも増員することになりまして」


 ついては聖者に、新たに他方へ向かわせる軍へ顔を見せ、激励してやって欲しいとのことだった。聖者はそれに――


「っ」

 黒光が明滅する。

そのままどこかに引きずられそうになる自分をどうにか繋ぎ止めて、体の在り処まで引き上げた。

自分が呼吸する音が、妙に耳慣れぬものに感じた。

次に目に映ったのは、いつもの部屋だった。

急な出来事に実感が追いつかず、少しぼうっとする。

どうやら集中が限界に達し、接続が途切れたようだった。

眠っていたような五感が活性化し、部屋の色や音が迫ってくる。

少し目眩がしたので寝台に転がった。


「はー……長続きしないな」


 天井を見上げて、ついそうぼやく。

まあまだ慣れないのだし、完全に上手くできるわけはない。

また別所へ意識が持っていかれそうになったし……

こういうことは初めてではなかった。

この城に来てから、時々あることだ。


 それにしても、こんなことまでできるなんて。

聖者の補助あってのことだと分かっているが、思わずにいられない。

楽団にいた頃こんなことができれば、もう少しましな日常が送れただろうか。


 段々瞼が重くなってくる。

ウィザールの申し出に聖者がどう答えたか、シノレは考えなかった。考えるまでもないことだからだ。


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