力の行使
初めて、この力の存在に気づき行使した時。
後日魔獣が襲ってきて、そいつらが狂ったようにシノレばかりを襲ってきたのだ。
その挙動ときたら、他の人間など眼中に入らないとばかりに熱狂的なものであった。
その時の追いかけっこと、そこから暫くの大騒ぎはもう思い出したくもない。
魔獣が跋扈し、魔の月でなくても襲いかかってくる故郷で、考えなしにこれを乱用することは死を意味した。
そんなものより、敏捷性や持久力の方が遥かに頼もしかった。
だから、本当に他にどうしようもない時以外使わなかったし、平時は何なら忘れているくらいだったのだが。
「……聖者様は何を考えているのやら」
やってみれば思いの外、色々なことができるものだ。
それからも、シノレは祈る素振りで、この謎の力と向き合う時間を重ねた。
日によって成果はまちまちで、手足のように思うがまま操れる日もあれば、こんな風にうんともすんとも言わない日もある。
切り替えが働かず、いつまでもいつもの自分のままと言うか。
今日も窓の鍵一つ動かしただけで気力が尽きた。
こんな時は体を伸ばして早々に休むに限る。
頭がくらくらして、痺れるような感じがした。
「……もうすぐ、夜か」
窓は雨戸ごと閉め切っているので外は見えないが、時間的にもうじき日没だろう。
魔の月に入って十日目であり、日が経つにつれて魔獣の被害も着々と拡大していると聞く。
経験的に、二十日目を越えられればひと息つけるのだが――
……そんなことを考えながら、一度部屋を出ることにする。
廊下に出て指定の小部屋に入り、用意されてあった食事を手に取った。
大きな盆に、二人分載せてある。
まずは自分の部屋に持ち込み、そこから一人分を取り上げて向かいの聖者の部屋へ向かった。
手前の部屋には誰もおらず、ひとまずテーブルの上に食事を置く。
そして奥の間へ続く小窓から中を覗き込んだ。
「聖者様――……あ」
聖者はまだ祈りを続けていた。
その後ろ姿が、いつもより更に小さく見える。
祈り始めてから、ずっと動いていないのだろう。
いつものように、聖者は。
「…………」
あの時と同じだ。聖都から脱走しようとした間際、あんな姿の聖者を見かけた。
あの時は気持ち悪いと、不気味さしか感じなかったのだけど。
今はどうだろう。聖者の姿は、シノレには、何だか。
とても、悲痛なものに思えた。
「…………」
どのくらいそこに立ち尽くしていたのだろう。
結局シノレは、何も言わずその場を離れた。




