奇妙な力
「…………はあ」
日に日に厄介事の種が育っている気がするが、考えても仕方がない。
護符を見つめてから、机に置く。
部屋に戻ったシノレは、少し休もうと軽く手足を伸ばした。
本でもあれば自習に勤しんでも良いのだが、生憎今そんなものはない。
あるのは祈りのための、祝福された天秤だけだ。
「――……」
祈り始めて数分経ち、やがて体の外にまで自分が広がりだした。
修練の甲斐あって、何とかここまではいつもできるようになった。
粒のように拡散した一つずつに意識が宿り、自分自身の感覚が変質していく。
空気の粒に、光の粒に、水の粒。
ただの空気が、ここまで様々なもので織りなされているとは思わなかった。
その中でシノレはとても小さな存在となり、焦れったいような速度で漂っている。
四方に広がる意識は時間をかけて壁に到達し、さらにその向こうへ抜けていく。
しかしそこで、反響のような感覚とともに何か黒いものが迫ってきた。
(何、こっちに、近づいて――……違う、僕が、引き寄せられている――)
黒く、長く、得体の知れない何か。
突如浮上してきたそれに呑み込まれそうになり、歯を噛み締めて一度意識を引き戻した。
大きく息をついて、水を飲んで休憩を入れる。
「はあ―……」
ため息が漏れる。
聖者は、どうしてこんなことを知っているのだろう。
この妙な力の使い方は、誰にも教わらなかった。
ではこれが使えるから自分は勇者なのか?
――そんな馬鹿な。
こんな良く分からない半端で危険な代物より、余程実用的なものが山とあるだろうに。
水はまだ、一口分くらい残っている。
何気なく飲み干そうとして手を止めた。
揺れる水面には自分の目元が映っている。
それを見下ろして、水に意識を凝らした。
(組成物――……)
びりびりと、震えるような手応えが伝わってくる。
このコップは小さい。
……この建物は大きい。
何かと何かを比較して、人は事の大小を定める。
けれどそれは唯一無二の基準ではない。
この体の中にも、万物が巡りゆく途方もなく広大な世界がある。
そして今目に映る世界も、小さな人間一人では感じきれず、追いきれないほどに広い。
そもそもこの指が、中の骨が、流れる血が、何でできているのか。
今ここで物思い、呼吸している自分とは何であるのか――
……力について考えると時々、普段は当たり前に捉えられているものが分からなくなる。
あらゆるものは、この少量の水でさえ、膨大な要素で構成されている。
いや、そもそもこれを少量だと思うのもシノレの感覚に過ぎないのだ。
例えば虫の規模からすれば、これは池にも湖にも等しいだろう。
けれどそれは、本来知覚できないほどに小さい。
だから自分自身をうんと小さくし、共鳴させて操る。
そういうことなのだと、今ならば分かる。
眼の前で、小さな水球が浮かび上がる。それはすっと薄くなり、空気の中に散っていった。




