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魔晶銀の護符

 受け取ったそれを、危うく取り落としそうになった。


「いやどこで手に入れたのこんなの!?」

と、あまりのことに大声を発してしまう。


泡を食ったその問いかけに、寧ろ聖者のほうが怪訝そうに瞬いた。


「先日の晩餐会でウィザール様に頂いたのですが……貴方もその場にいたでしょう?」

「いや全然覚えてない。ごめん……」


 全部聞き流していたとそう返しながら、シノレは手のひら大の護符を食い入るように見つめる。

そんな反応も無理はなかった。

今彼の手にある小さな護符は、換金すれば余裕で街の二つか三つは買えるであろう値うちものだ。

それはただでさえ希少価値の高い魔晶石、それも至高の金属とされる銀からできたものなのだから。


 魔晶銀――魔晶石の価値が見出されたのは、今から数百年前のことである。

従来の価値観を一変させたその成立は、魔獣と深く関わり合っている。


 魔獣は瘴気から生まれ、瘴気を糧とし、瘴気に還る存在である。

見境なく文明を攻撃し、生きた人間を無差別に殺戮する彼らに、何かを食するという習性はない。

だが、時には稀な事故が起きることもある。

何かの拍子で小石などの異物を誤飲してしまう――そんなことが、時として起こり得る。


 それによって生じるものが魔晶石である。

あたかも貝殻の中で真珠が育まれるように、異物を核に、それは魔獣の体内で瘴気や魔力の層を形成し、一つの結晶となっていく。

無論それには少なくない時間がかかるし、無事結晶化する可能性も低い。

ちょっとしたことで歪んだり崩れたり、外傷で駄目になったりする。

それらを乗り越えたとしても、魔獣が死して塵に還った後、体外に放り出されたまま行方知れずということも多い。

発見された場合、それらは凄まじい高値でやり取りされることになり、発見者もその欲得の渦に巻き込まれることは避けられない。


 基本的に、魔晶石は単体では不思議な石ころの域を出ない。

名だたる宝石貴石と比べて、抜きん出て美しいわけでもない。

しかしそれは、然るべき人間が所持すれば唯一無二の効果を発揮する。

というのも魔晶石は、今も各地に点在する旧時代の遺物や遺跡、そして術具等、失われた文明を体現するそれらの動力源となるのである。

それこそ今では再現不可能な技術の力を、思いのままに振るうことも――だから稀に魔晶石が発見された場合、人々はそれに付随する富と権力に目の色を変えて争うことになる。

かくいうシノレもかつて――


「……実物を見るのは初めてですか?

魔獣の多い土地で育ったと聞きましたが、何かの折に目にすることもなかったのでしょうか?」

「…………」


 それに答える余裕もない。記憶と思考が連鎖して、脳裏に浮かび上がるのは赤い瞳だ。

シノレはつい、自分の顔が険しくなるのを感じた。

――色々とえげつないものを見聞きし、修羅場を潜り抜けてきた彼としても、それは五本の指に入る胸糞悪い思い出だ。


 ……確かに、あの故郷では魔獣の襲来が多かった。

中には一攫千金を夢見て、瘴気に蝕まれながらも魔獣の足跡を辿る者たちもいた。

魔晶石の価値は核となる物質や、それを取り込んだ魔獣の強さと寿命によって変動する。

特に貴石を核とするものは極めて質と希少度が高く、例えば紅玉でできたものは魔晶紅、翠玉は魔晶翠と呼ばれ、珍重される。

そして銀を核とした魔晶銀は至高とされ、途方もない価値をつけられる。

それらは発見と同時に奪い合いが発生するのが当然で、近年でも小指の爪ほどの魔晶銀や魔晶紅を巡って、幾つもの街が滅びた事例があったほどだ――それは聖都で学んだ事柄であり、シノレ自身の実体験でもある。

むかむかとしたものが胸に込み上げ、手の中のそれを投げ捨てたくなったが理性で押し留めた。


「……文脈から察するに。これを持っておけば、力を使っても魔獣は寄ってこなくなるって話?」

「……はい。これがあれば安心ですから。

私はあまり人に頂いたものを所持することはありませんが……

これに限っては、猊下に願い出て、ご許可を頂こうと思います。

この護符があれば、力に吸い寄せられて魔獣が寄り付いてくることは減ります。

そうでなくてもお守りとして持っておけば、何かと助けてくれるでしょう。

渡しておきますので、嫌かもしれませんが……役立てて下さい」


「…………そう」

「……私も気をつけておきますので、この機会に心の赴くまま、色々と試してみて下さい。

もし行き過ぎてしまうようであれば、私から知らせに行きますので」

「……それは、ありがたいけど」


 つい取り乱してしまったが、平静な聖者の声に段々といつもの思考が戻って来る。

ついでに「広げる」か、「縮める」か、修行としてはどちらが良いのかと聞いた。

返ってきた答えは「どちらでも、或いはその他でも」というものだった。


「一度知った以上、それはもう貴方のものですから……

私が口出しできることは、もう殆どありません。

貴方自身が探り出すべきものです。

一月ありますから、時間をかけて色々試してみて下さい」


 そうゆっくりと言いながら、残った粥を見つめる。

匙を取った手は先程から全く動いていない。

どうしてもそれ以上、手が進まないようだった。


「残すわけ?……勿体なくない?」

「……ええ、いえ。その……私も、できることなら完食したいですが、」

「…………無理されて吐き戻されたら堪らないよ。こっちに寄越して」


 椀を取り上げて一気に流し込んだ。

聖者はそれを驚いた風に見守っていたが、やがて力なく目を伏せた。


「……あの時、恐ろしいことを考えました」


 脈絡のないことを言い出して、何事かと見つめ返す。


「ウィザール様がお持ちだった、あの櫃を見た時……

全ては予定調和であるのかもしれないと。

あれは、或いは……二度と陸に戻ってはならないものだったのかもしれない。

けれど現実にあれはここにあって、貴方もここにいて。

それが私には、ただの偶然と思えなくて。

もしかしたら本当に、この世の全てが神の天秤が定めしことなのではと、そう」


 独り言のような声で訥々と語り、そこでようやくシノレの存在を思い出したような目をした。


「……あれは、貴方のものです。

実際に認められるかは分かりませんが、貴方には間違いなくその資格があります。

選んでしまえば、もう後戻りはできません。

どうか、その覚悟だけはしておいて下さい」

「…………はあ。分かったよ、よく分からないけど」


 相変わらず要領を得ないことばかりだ。

こういうところはやはり苦手だと思いながら、シノレは一息に水を呷った。


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