修練
食前の祈りを終えて、添えられていた匙を取り、粥を口にした。
最低限の味付けだけされた、簡素だが滋味のある味わいが広がっていく。
魚自体の味が少し癖が強く、それが全体の味わいを決めていた。
時折聖者の顔を窺いながら手を進め、程なくして食べ終えた。
ぽつぽつと話すのは最近の過ごし方についてだった。
「その後、修練の進捗はどうですか」
「そうだね、祈りの時間にぼちぼちやってるよ。
まだ分からないことも多いけど」
魔の月の祈りは強制参加だが、シノレにとってもそれは不本意なばかりではない。
神妙に祈るというのは、聖者から教わった修練に丁度良かった。
互いに干渉し合わないのが暗黙の了解なので、邪魔が入って集中が乱れることもない。
驚くのは、聖都での体験から格段に制御しやすくなったことだ。
あの日聖者に導かれて以来、明確に何かが変わったと感じていた。
今思うと昔の使い方は、芋虫さながらに拘束されて夜の獣道を闇雲に進んでいたようなものだ。
今は違う。目的が見え、足を動かしてそこに辿り着くことができる。
「でも、ああいう力があるのなら。どうして表沙汰にしてこなかったわけ?
大っぴらにすれば、もっと分かりやすくご利益とか奇蹟とかを演出できたんじゃない?」
「……先代猊下のご配慮です。
奇抜なことをして下手に楽団や、良からぬ者の興味を惹き付けたくないと。
何より、貴方自身も知ってのことでしょうが、あれはあまり、使い勝手の良いものではないので」
そう答える聖者も、あまり熟達しているというわけでもないようだった。
何となく感じたことだが。
「まあそうだよね……それで、使う危険についてだけど。
緩和する措置とかないわけ?」
「ああ、それは……大丈夫です。
何とかなるでしょう。
心配なら、使う時に、自分の周りにもう一枚膜を作ってみたら良いでしょう。
そうすれば、幾分ましになります」
「いや何その難題」と思わず聞き返したら困り顔をされた。
「まだそこまでは習熟できてないし。
特にこの季節、用心するしないの問題じゃないし、死活問題だよね。
下手したら周りにも害が及ぶことになるし……」
「…………その通りですね。
しかし……そもそも魔獣は、南へは然程来ません。
北側の……シュデースやファラードの領地で、大部分は排除されます。
ここまで来るのはその打ち漏らしですから、北の地とは襲来の頻度も規模も全く違います。
そしてこの都市には大砲が整備されています。それは知っていますよね」
シノレが頷くのを確認し、更に聖者は言葉を継いだ。
「ですからそもそも、貴方が以前いたであろうところとは、場所としての安全性が違います。
外壁の強度と大砲の殲滅力をもってすれば、多少襲撃が増えたとしても誤差の範疇でしょう。
何より……これがありますから。
シノレが心配するようなことは起こりません」
「どうぞ」と差し出されたものを受け取って、シノレは戸惑いに瞬きする。
それは手のひらに収まるような小さな護符だった。
首にかける種類のもののようで、細長い鎖がついている。
本体は金属製で、薄型の正四角形をした金色の護符だ。
飾り気は少ないが、それだけに完璧に磨かれ、滑らかに整えられた表面の光沢が美しい。
更に対角線に沿うような控えめな装飾が表面を覆い、その中央には、透き通るような灰色をした小石が象嵌されていた。
……一見したところでは、決して安物ではないだろうが、際立って特別なものとも思えない。
これがあるから何だというのか。シノレは思ったままを口にした。
「何、これ」
「魔晶銀の護符です」
「…………、……はあっ!?」




