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魔の月

はっと目を覚ました時、辺りはまだ薄暗かった。

何となく寝直す気にもなれず、目を開いたまま考え込む。


今のは何だったのだろう。どうしてあれを、聖者だと思ったのだろう。

夢の中の誰かの姿は、もう朧気で思い出せないが、ただ間違いなく聖者ではなかった。

まだ頭がくらくらしている。闇夜に埋もれた花のように、その姿も色も覆い隠されて、ただ香る気配だけが残っていた。

脳髄が痺れるような、酩酊にも似た感触で、心臓がやけに早鐘を打つ。

全身が強張って、休まった気は全くしなかった。


「…………そうだ……」


あの誰かは、絶対に聖者ではなかったけれど。

それでもそれを見て感じたあれは、あの感覚には覚えがある。

聖者を初めて目にした時に感じたものだ。

いっそ暴力的な、凄まじい、こちらの価値観すら塗り替えるような極端な情動の揺らぎ。

まして先程のあれは、聖者を前に感じたものよりも遥かに大きかった。


後少し覚醒が遅れれば、戻れなくなっていたかも知れない。

あんな存在感を持つ者が何人もいるものかと頭では思うが、自分の直感は誤魔化せない。

目が覚めてからも異様な感じが付き纏って、頭が重かった。

怠い手足を動かして、部屋を出る。

聖者の部屋は廊下を挟んですぐの向かい側だ。

まあ廊下と言っても部屋の一つや二つは入るぐらいのだだっ広い代物なのだが。


「…………」


今朝出立して聖都に戻る――筈であったのだが、どうも騒がしい。

ただ単に、聖者を送る準備に追われてとか、そういう空気でもない。

不測の事態も起きたことだし、どうなるのだろう。

取り敢えず聖者の部屋に行こうとすると、既に人が来ているようだった。

廊下に何人もの使用人が控えており、何なら戸口から溢れている。

挨拶を交わしながら進み、部屋を除くと聖者と男が向かい合っていた。


「――ですから……――して……」


強張った顔で何事か説明しているその人物には見覚えがある。

この城の諸事や使用人たちを取り仕切っている家宰だ。

当主が聖都や他地方へ出ている時、領地経営や財産の管理にも参与する職責を担う……要するにとんでもなく偉い人である。

近づくにつれ、段々声がはっきり聞こえるようになってきた。


「――では――暫く――動けないと?」

「――何卒ご理解下さい――

一晩かけて確認を取りましたが、間違いはございませんでした。

魔獣の襲来が始まりました。

暦の進行とは別に、今日から一月の間は魔の月となります」


そこで聖者がこちらへ気づく。

「シノレ。入って下さい」と促され、聖者の近くへ移動した。

それに目礼してから、家宰が説明を続ける。


「ですから、これから先は道中の危険が強まるばかりでございます。

危険ですのでどうか、聖者様におかれましてはこのままこちらに留まって頂きたいというのが、当主様のご意向でございます」


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