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開かずの櫃

街巡りが一段落してからは城に戻り、最後の宴だ。

そこにはベルンフォード家他、エルフェスの有力者たちが集まっている。


大広間の一画で演奏を披露する楽人たちの中では、昨日一緒に城下に出た男の姿もあった。

向こうは気付かないだろうが、一応会釈しておく。


いざ晩餐が始まると後から後から豪華な一皿やら収蔵品が出てきて、晩餐会は和気藹々と進んでいく。

ここまで来ると、騒ぎの中の食事にも慣れてきた。

というか、楽団でのあれこれを思えば、こんなのは大したことでもないと思い直した。

聞こえてくる騒ぎを遮断して黙々と食前酒を流し込む。

出てきたのは飾り付けられた生野菜に蒸し野菜、スープ、胡桃入りのパンだ。

続いて艶々とした黄色い何かが出てくる。

順序を考えると、多分魚料理のはずだ。

良く分からないが、芳醇な味わいだった。


魚料理が終わってから、茶と果物で一息入れる。

一口分ほどの小さな菓子も添えてある。

それはすぐに崩れるほど柔らかく、強い果物の味と風味がした。

そしていよいよ、こんがりと焼色をつけ、良く分からないソースを流した鴨肉だ。

豪快かつ繊細に盛り付けられたそれに、いざと手を伸ばした時、また新たな騒ぎが耳に入ってきた。

そのざわめきが、先程までと違う気がして顔を上げる。


新たに奥から運ばれてきたのは、長櫃だった。

それを見て、ウィザールが少し顔色を変える。


「おい、これは……これを出すと言った覚えは!」


珍しく血相を変え、すぐに下げさせようとしたようだが、その態度が却って客の興味を惹いてしまったらしい。

口々に問い詰められたウィザールは、観念したように口を開いた。


「……参った。晴れがましい席に、こんなものを披露したくなかったのだが。

ご迷惑をかけてしまった皆様方に、それが償いになるのならお話しましょう。

これは元々、『開かずの櫃』と呼ばれていたもので――……」


それはそもそも、彼の曽祖父の代にベルンフォード家にやって来たものだそうだ。

元は騎士団のさる領地の片隅、辺境の海岸から引き上げられた。


その歪みの無い直線や切れ目一つ無い表面の輝きは、それ自体が巨大な石を切り出し研磨されたものであると示していた。

一つずつの工程に丹精込めて創り上げられた、二つとない値打ちものであることは素人目にも明白だった。

そのため長櫃は、当時その地の領主であった貴族に献上された。


……不思議なことに、海に沈んでいたはずのその長櫃は一切の傷がなく、それどころか僅かな曇すらなかったらしい。

それどころかまるで作りたてのような、完全無欠の状態を保っていたそうだ。

貴族はこれを瑞兆と喜んだ。

これは天の贈り物、中には素晴らしい財宝が眠っていると考え、何とかして蓋を開けようとした。

だが、ここで計算違いが起こった。どうやっても蓋は開かなかったのだ。

何をしても、誰に試させても無駄だった。


やがて貴族はその長櫃に執心し、取り憑かれていった。

何も手につかず、日に日に狂ったようになっていき――遂にその半年後、持ち主の貴族は長櫃の前で、変わり果てた姿で発見されたのだった。

それからも何度か持ち主を変えたが、その多くが何等かの不幸に見舞われた。

ただ、長櫃を開けようとしなかった者は何事もなく収まったらしい。

そんな曰く付きの長櫃は何人目かの持ち主によって革細工で縛り上げられ、勝手に誰かが開けようとしないよう仕掛けが施された。


そして最後の持ち主の領地が教団に接収され、その流れで長櫃はベルンフォード家が引き受けた。

それ以来百年近くもの間、宝物庫の片隅に眠っていたらしい。


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