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居心地の悪さ

その時、人波の隙間から、まだ幼い童女が駆け寄ってくる。

その手は何本もの花を包んで、小さな花束にしていた。

恐らく聖者に宛てたものなのだろう。

頬を紅潮させて駆けてくる少女は、後少しというところで何かに躓いたように体勢を崩した。

何となく見守っていたシノレは咄嗟に手を伸ばした。

体を支えると、目が合った。

驚きで見開かれた目に、つい咄嗟に身構える。


だが、予期していた嫌悪の反応はなかった。

相手は恥ずかしそうに会釈しただけで、すぐにこちらに気づいたと思しき聖者の方を向く。

一心に見上げる子どもを相手に、聖者はまた当然のように膝をついた。


「……こんにちは。どうかしましたか?」

「こんにちは!あの、……これ、わ、私たちの村に咲いていた花で、今回摘んで持ってきました。

もう一日経っているので元気はないのですが、聖者様に差し上げたくて……」


「まあ、それは……貰っても良いのですか?」

「も、もちろんです!」

「……ありがとうございます。綺麗な花束ですね」

「……!こちら、こそ、ありがとうございます……!」


しどろもどろに懸命に、聖者への言葉を紡ぎ花束を差し出す。

聖者が身を屈めて花束を受け取り、頭を撫でると童女は顔を輝かせた。

聖者にもう一度、上擦った声で礼を述べて、童女はこちらを振り返る。


「勇者様も、助けてくれてありがとう!」


満面の笑みだった。

そこにあるのは屈託のない、きらきらとした憧憬で。

童女は踵を返し、向こうで待っている母親らしき女性の方へ走り去っていく。

それを見送って、周りからも称賛と畏敬の視線を受けたシノレが思うことは。


(……慣れない。聖者なら、そういう目を向けられるのも分かるけど……)


居心地が悪い、これだった。

元奴隷の自分も、磨けばそれなりに映るものらしい。


まあ、気持ちは何となく分かるのだ。

シノレも長い間、彼らの側であったのだから。

荒れた手や窶れた顔、継ぎ接ぎがあてられた衣服を眺める。

そういう者たちが支配階級を見つめる畏怖と崇敬の眼差しも、もう何度となく目にしたものだが、それを見る度今のシノレは巡り合わせを奇妙に思わずにはいられない。



充分に食べ、眠り、必要なら鍛錬して、定期的に湯浴みをして髪と肌を整えて、その上で着飾って威風堂々振る舞えば。

弱者の目には、それが遥か彼方の存在、それこそ異種の生物か何かのように見えるものだ。

それはシノレにも覚えがある。

だが、それは後天的なものに過ぎないと、彼は既に身を以て知っていた。

聖者はともかく、彼らと自分の間には本来差異などない。


(人間はつくづく、視覚の情報に弱い……)


ほんの一年前の自分は彼らより遥かに惨めな身の上で、同じ奴隷にも侮蔑と、薄暗い安堵の目を向けられるような存在であったのに。

以前と今では一切が違う。

変わらないものなど、それこそ。


横目で聖者を一瞥する。

袖に包むように緩やかに花束を持ち替えた聖者は、変わらず静かな目の横顔を向けていた。


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