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聖者の祝福

そんなことがありつつエルフェスでの三日間は過ぎていき、四日目となるといよいよ聖者に付き従うことになった。

明日出立しシルバエルに戻る予定なので、挨拶をして回るのだ。

ここ最近の疲労のためか臥せりがちだった聖者としても、こうした儀式に顔を出さないわけにはいかなかった。


「聖者様、御手を」

「ありがとう、シノレ」


でも、未だに本調子ではなさそうだ。

手を貸しながらそんなことを考えた。


まず高台に上って、集まった民衆に微笑みかけて。

続いて庭に降りて、そこで待っていた人々を聖者は祝福し、軽く話をしながら儀式に参加した。


それからあったことは、今月繰り返してきた日常と同じだった。

会う誰もが聖者を見て、新たにもう一つ命を得たような顔をする。

そんな光景を見ていると、昨日の劇も非現実的とは思えなくなってくる。


聖者は相変わらずだった。男だろうと女だろうと、老人だろうと子供だろうと。

位持ちだろうと、それこそ奴隷相手だろうと。

誰の前でも態度が変わることはない。

会う人毎に愚直なほど律儀に、一人一人相手をして。

挨拶には挨拶を返し、雑談にも応じ、立ち上がれない者のために身を屈めて、寝たきりの相手には膝をついて。

見ているシノレとしては、どうしてそこまでするんだと、そう思ってしまう。


「……ありがとうございます!」

「夢のようです。生きている内にこんな日が来るだなんて」


聖者は現在、あらかじめ用意されていた人々への贈り物を、順繰りに配っていた。

こうした儀式も、教団領でしばしば見られる光景であるらしい。

シノレも空き時間を作って少し勉強したのだが、教団ではどうも富める者が貧しい者に施すべきとする文化があるようだ。

楽団では形骸同然の税制が、ここでは非常に厳しいのだ。

神への貢献というお題目の元、富める者ほど搾り取られる仕組みになっており、そうして得た財源は未亡人やら孤児やら、弱者の救済にも回される。


「……どうぞ、こちらを。あなたの生が、祝福に満ちたものでありますよう」

「ありがとうございます、聖者様。このことは一生忘れません」


そしてそんな制度を可視化したものが、この手の儀式である。

上が慈悲を与え、下が感謝とともに受け取る。

こうした場で配られるのは食料や衣類、場合によっては書籍や医療品、嗜好品であることもある。


上が富を分け与え、その享受の対価として下が上に尽くす。

このように上下が互いに依存しあい、ともに支え合うことで秩序を形成する――少なくとも表向きは、そういう制度になっている。


上が下を虐げ搾取し、下も上を追い落としてやると常時相争う楽団とは対照的だ。

あそこは財産は全てが全て所有者のものだが、その分他者からの蹂躙と略奪も覚悟しなければいけなかった。


「……本当に光栄です。

まさか生きている内に聖者様を目にできようとは。

夢にも思っておりませんでした」

「……手が、荒れておいでですね。日頃は農作業か何かを……?」

「ええ、普段は近隣の荘園にてお仕えしているのですが……

来月に備えて、こちらに一時避難させて頂いたのです。

ですが、まさか聖者様にお目にかかれるだなんて……」


純朴そうな農婦は、握手を交わしながら心底幸せそうに微笑んだ。


「聖者様にお目にかかることができたのですもの、もう何も怖いことなどありません」

「――……」


それに何故か、聖者は僅かに唇を震わせたようだった。


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