表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/483

観劇の後

劇は概ね、以前に聞いた逸話通りに進んでいった。

聖者の美しさによって陥落した、一つの街の物語。

最後には世界を導く教団の正当性、教主への賛美を謳い上げて締めくくられる。

壮麗な楽の音が流れる中、その情景に重ねてシノレも想像してみる。


「――――……」


まあ確かに、ある意味美しいのかも知れない。

それ以上に狂気的で悍ましいが。

意味も分からず与えられる、正体のない多幸感など、麻薬と同類ではないか。

骨抜きにされたが最後、心身を切り刻まれ骨髄まで啜られるのが目に見えている。

それを神と信じる者には、或いはそんな結末すら至上の法悦なのかもしれないが。


徐々に舞台から人影が消えていき、最後の調べが奏でられる。

幕が下り、客席に余韻が揺蕩う。

暫しの沈黙の後――劇場は割れんばかりの喝采に包まれた。


熱狂は中々冷めやらない。

劇場全体が揺れるような大歓声だった。

それに応えて俳優たちが再び舞台に現れると、更に歓声が上がる。

その絶え間ない喧騒の中で、隣席からぽつりと声が聞こえた。


「シノレ。……お前、年は幾つだ」

「正確には分かりませんが……教団の記録では十三となっているはずです」

「そうか……。

……今まで、思いもしなかったことだが。

お前は少し、猊下に似ているな。

五年ほど前のあの御方に……」

「……は……?い、や、いえ、そんな畏れ多いことは決して……」


いや、聞き捨てならない。

確かに髪の色だけは近いかもしれないが、それ以外は何ら似ていないと思う。

というか正直止めて欲しい、あれに似ているとか本当に止めて欲しい。


「うーん、そうか……けれど、今お前は……いや。

まあ光の加減というものもあるか……」


ウィリスは言葉に迷うような目をし、少し力を抜いて背凭れに寄りかかった。

これ以上追求しても不毛で疲れるだけだと思い、話題を変えることにした。


「……この、ルーヴィールのようなことは、聖者様が教団にいらしてから何度かあったそうですね。

けれどここ数年はさっぱり無いと。

何か、事情があるのでしょうか」

「事情というか……ただの時流だな。

この五年は楽団としか戦ってこなかったし……

知っての通り、楽団相手にこういう手管はあまり意味がない。

何より、今の猊下は聖者様をそうしたことに使おうとなさらぬ。

寧ろ、表舞台に立たれることを疎んでおいでの節すらある」


「そうなんですか。

……聖者様も目立ったり、特定の相手と親しくすることを避けておられるように見受けられます」

「それも無理からぬこと。

それだけあの方のお立場は特殊だ。

猊下が代替わりしてからは特に。

そも、聖者様に入れ込んでおいでだったのは先代の猊下であって、今の猊下ではないからなあ……

あの御方は寧ろ、それこそ」


苦笑交じりにそこまで言って、意味ありげに言葉を切る。

視線を送ってみても、素知らぬ顔をされる。

「……何か、あるのですか?」

「ふふ、気になるか?」

「いえ」


楽しそうな声に、何となく興味が削がれる。

自分と関係があるとも思えないし、聖者に興味があると思われるのが何となく嫌だ。

即答したシノレに、ウィリスはくすくすと笑った。


「まあ、そうだろうな。

劇も終わったことだし、挨拶してそろそろ外に出るとしようか」


客席から音も立てずに立ち上がる。

そしてウィリスは舞台に向けて、楽しげに手を振ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ