来訪
「――……?」
その日の夜、シノレはふっと目を覚ました。辺りはまだ暗い。
教団幹部たちが滞在するのは、陥落した地区の館の一つだった。
幾重も防衛線を張り渡し、敵が近づけないようになっている。
シノレもまた、その一部屋を与えられていた。
調度は流石にきちんとしたものではあったが、人々の血と悲鳴が染み付いているようで、心底嫌な気分になった。
だがそれでもさっさと眠った。
いつどんな場所でも、取れる時に休息を取るのが生きる上での鉄則だ。
昼の惨劇が頭を過ると言ってもそれはそれ、これはこれ。
シノレはそこまで繊細ではなかった。
しかし、眠っている間に異変を感じた。近づいてくる気配に意識が覚醒する。
何事だろうか。
騒ぎが起きていないことから、敵襲ではないだろうが。
しかしそちらの方が不味い。
この状況で静かに刺客が来るとすれば、下手人は教徒で、つまり人知れずの処刑だ。
神経を張り詰め、室外の気配を窺う。
(とは言え、足音からして手練れではない……か?)
耳を澄ませてそこまで察知し、眉を寄せる。
足音はいよいよ近くまで迫り、通り過ぎずに扉越しに止まる。
一呼吸の間の後、小さく戸を叩かれた。
「……起きていますか?」
シノレはその声に思わず絶句する。ゆっくりと扉を開く。
そこにいたのは予想に違わず、思いがけない人物だった。
「…………シノレ。少し良いですか」
夜半だというのに白い正装姿のエルク=ワーレンが、供の一人すら連れずシノレを見つめていた。




