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観劇の誘い

「……そもそも、どうしてそこまで?そんなにお気にかけて頂くようなことを、した覚えは無いんですが」

「ウィリス様は聖者様を大変好いておられますから、あの方にとっては当然のことなのですよ。

好きな相手の大事な相手は、自分も大事にしたくなるものでしょう?」

「………………」


言葉も返せず、ちょっと唖然とした。

何だそれは。考えたこともなかった。

そういう考えがそもそも異文化なのだと言えば、どう反応されるのだろう。

返答に迷ったシノレは、別の話題に逃げた。


「……少し、気になっていたことがあるのですが。

この街、妙にものの値段が安くないですか。

いえ勿論、丁寧で上質な品であることは伝わるのですが……

聖都では、普段遣いの雑貨を売っているような値段で、少し気張ったような品が売られていて、少々驚きました」


「ああ、それは……この街が安いのではなく、聖都の物価が高いのですよ。

税も然りです。

聖都に住まうことは名誉であるとともに、貧窮する同胞を救うため相応の義務と責任が課されます。


――神に与えられしものはすべからく御許へ還すべし。

有名な句ですから、聖都にいらしたのなら聞いたことがおありでしょう?」

「――――ぇえ……」


シノレは今度こそ絶句した。

確かに耳に挟んだことはあるが、てっきり抽象的な意味合いだと思っていた。

教団の金持ちはそんな良く分からない理屈で金を毟り取られ、それに文句も言わないのか。

常々意識していたとはいえ、ここと楽団は完全なる異世界かつ異文化であると思い知る。

隔絶されすぎた価値観に、いよいよ言葉を失ってしまった。


そのうち、賑やかにやり取りする声とともにウィリスが戻ってきた。

その傍らにはもう一人連れているようだ。


「……それにしても、昨日一昨日と聖者様についての歌やらが流行っているようだなあ。

昨日の夜そちらの詩人が作ったばかりのものまで聞こえてきた」

「ええ、お城にお招き頂き大変光栄に思っております。

殆どの者には聖者様と直にお目にかかる機会は少ないものですし、皆も大変喜んでおります。

やはりこの時機に聖者様がお出で下さったのは、この街としましても非常に――」


そんな感じで、何やら聖者の話題をしながら近づいてくる。

ウィリスと、正装姿の支配人らしき男がこちらにやって来た。


「ウィリス様、いつもながらありがとうございます……

ああ、貴方が勇者様ですか、お噂はかねがね!」


そのお噂とはどんなものかは、多分聞かない方が良いのだろう。

隙のない身なりをした支配人がこちらに話しかけてくる。

ここまで来て、服装をきっちりと着付けるのがこの街全体の習慣らしいと気がついた。


「お近づきの記念として、観劇は如何でしょうか。

この街に、そして劇場へいらして下さったのも何かの縁。

我らにとってもまたとない誉れです。

折角ですので特等席をご用意しますよ。

そうすれば、この街の記憶は更に意義深いものとなるでしょう。

丁度聖者様を題材とした演目が、これから上演されるのです。是非おいで下さい」

「……ああ、そうか。そう言えば、上演は今日だったな。

道理で関係者が気合の入った顔をしていると思った」


「ええ、皆今日のために一丸となって励んでまいりました。

聖者様には、或いは非礼な真似かもしれませんが……

ですがもう、来月は目前に迫っております。

街の皆様には、良い力づけとなりましょう」


「……聖者様がどう思し召すかは、正直分からないが。

だが、こうしたことに一々咎め立てをなさる方ではない、教徒のためになることならば受け入れて下さるだろうよ」


そこで支配人がこちらを向き、

「勇者様も、是非ご覧になっていって下さい」と誘ってきた。

ウィリスが小さく首を傾げる。


「……だそうだ。シノレ、どうする?私はどちらでも良いが」

「どうぞご遠慮なく。

それにそう、本日は、『ルーヴィールの門』の初演でございますよ。

勇者様におかれましても、関わりのある事柄かと存じますが」


「『ルーヴィールの門』……?それって、確か……」

「ああ、……あー、そのな、聖者様がいらして下さっていることだから、ほら。

劇場もこの機に乗じてと……ただでさえこの季節は、縁起の良い演目を上演することが多いのでな。折角だ、見ていくか?」


らしくなく、少し口籠ったウィリスの考えていることは予想がついた。

実は昨日の晩餐でもそれに関することが会話に上ったのだが、聖者の反応は芳しくなかったのだ。

あからさまに顔に出してはいなかったが、それに気付いているのだろうなと何となく思った。


「…………」


支配人を見る。含みのない、至って好意的な笑顔だった。

……折角誘ってくれているのだし、固辞する理由もないだろう。

別に他に熱烈に見たいものがあるわけでもない。


「分かりました。お言葉に甘えます」

結局シノレは、そう返したのだった。


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