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教団屈指の楽人

ベルンフォードの道楽は、教団でも有名だ。

このエルフェスの件が最たるものだろうが、それ以外にも色々曰くがある。

実用的なものばかりが重んじられる世の中では、それは変わり者として評されることが多い。

舞踊、音楽、絵画、彫刻、宝飾、作庭……ありとあらゆる分野の芸術家に出資し、その作品を愛蔵する。


場合によっては一族丸ごと囲うことすらあるらしい。

気に入れば例え異教のものだろうと収蔵品に加えたがり、時の教主と意見を異にした例すらある。

中でも音楽に関しては、代々私財を擲ってまで保護と促進に努めているそうだ。


「……こうしたことについて、シノレ。お前はどう思う?」

「……よく分かりません」


それが正直な感想だった。

教団に来る前なら、正確には聖者と出会う前なら。

食べられもせず、武器にも盾にもならないものなど無意味だと一蹴したと思う。


けれど聖者を前にして、美が無力などと言える者はいないだろう。

今もそれ自体に実用的な意義があるとは思わない、けれど最早無意味とは言い切れない。

かといって、あまり良いものとも思えない。

美しさとは結局何なのだろうか。

それとなく誘導されて、気づけばぽつぽつと考えたことを零していた。

ウィリス自身も難しい顔をする。


「さてな、私にも分からん。

分かるのは、我が家の者はそれなしでは生きていけないということよ。

生きることと、それに必要なものだけ考えていては……」

「ああ、ウィリス様!少々宜しいでしょうか?」


そこに丁度、話題に上がっていた旧館から出てきた男が駆け寄ってきた。

男はそのまま、こちらを目掛けて一直線に近づいてくる。


「ご歓談中申し訳ありません、少しだけお時間を頂きたいのですが……

西棟の修繕について、新たな問題が見つかりまして」

「何?……分かった。すまないが、少し待っていてくれ」


そう言ってウィリスが行ってしまい、シノレたちは庭に二人して残された。


「…………」


杖をついた男を横目で窺う。

暫し黙っていたが、やがて「お時間は大丈夫ですか」と聞いていた。

怪訝そうに振り向いた顔に続けて問う。


「城下で何か、ご用事があるのでしょう。

それに、長時間外にいるのはお辛いのでは」

「ああ……ふふ、いえ。

まだ時間はありますので。

ウィリス様にお供するのは楽しく光栄なことですしね。

大丈夫です、ここの方々は何かと気を配ってくれますし……」


そう言って男は微笑んだ。

取り立てて特徴のない顔が、笑うととても穏やかな印象になる。

それでもその瞼は閉ざされたままである。

続けて男の手に目を移す。

全体的に青白く骨の浮き上がった、細身だが大きな手だ。

それが昨夜は、素人でしかないシノレにも分かるような、それはもう見事な旋律を聞かせてくれた。


酷く静かな雰囲気を持つ彼は、ウィザールお抱えの楽人だった。

城の晩餐会でその来歴を聞かされた時は驚いたものだ。


それは丁度、聖都で世話になったナグナと良く似た境遇だったのだ。

このエルフェスでベルンフォード家に仕え、教団屈指の楽人として知られる彼は、生来の盲目だった。


(ナグナ様のあれが特例中の特例だと思っていたから、びっくりしたなー……)


車輪椅子の足置きに投げ出された老人の靴を思い出す。

ぴくりとも動かないそれが生まれつきのものだと聞かされた時、酷く驚いたのを覚えている。

何より驚愕したのは、そういう――つまり、生まれつき身体的な不自由を抱える者が、老齢に達するまで生きてこられたということだ。


楽団ではそうした者は真っ先に排斥されるか、良くて見世物小屋に送られる。

それなのに、シルバエルの教徒たちはそれを敬っている節すらあった。

ナグナとともに過ごした時間もそれなりのものだが、彼が教徒に害されることはおろか、嫌忌されているところすら見たことがない。


寧ろその知識を慕われ、尊敬されてすらいる。

教団は人類の原罪を謳い、贖罪こそを生きる道とする。

そうした価値観の中で生まれついての弊害を抱え、人より多く苦しんでいるということは、寧ろ尊崇の対象にすらなり得るのだ。


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