贈り物
それからも数時間街中を引き回され、気づけば日が傾いていた。
ウィリスがふと顔を上げて、思い出したように呟く。
「む、こんな時間か。
そろそろ戻らねばならんな、聖者様への体面もある」
そう言いながらも何故か、どこかの店の前に引きずって行かれて
「何か土産を用意した方が良い」としつこく言われた。
「聖者様にですか?
……そういうの、望まれていないと思うんですが」
「何を言っている留守を待つ女性に手土産を用意するのは男の義務だ!!
……まあそれは人によるとしても、聖者様への手土産以外でも、気に入るものがあるなら何でも買ってやるぞ?
近づきの印にな」
遠慮するないや本当に良いからと、道の真ん中で一頻り押し問答した後、ウィリスはやや気まずげに顔を曇らせた。
「余計な世話だというなら詫びるが……
……お前たちは何だか、見ていて危なっかしい。
責任感とか……義理?そういうものに隔てられて、歩み寄れていないのではないか?」
「…………」
正直ぎょっとした。この男、自由気ままなようでいて良く見ている。
明るい灰色の目と、視線が合わさる。
「無理強いはしないが、もう少し打ち解けても良いと思う。
聖者様のこと、花一輪でも喜ぶだろうよ」
「…………それで、これ、ですか?」
帰ってから渡した土産に、聖者は戸惑ったような顔をした。
手に持った土産に目を落とし、続いてシノレを見て、困惑したように瞬きする。
シノレは人に贈り物をするなどこれが初めてだ。
物心ついてこちら、そんな余裕も発想もとんとなかった。
いつどのように渡せば良いのかも分からず、買ってしまったは良いものの帰り道で頭を悩ませたものだ。
けれど部屋で出迎えた聖者の顔を見たら、何だか馬鹿馬鹿しくなって、捻りも何もなくそのまま手渡していた。
聖者の手の中にあるのは、陶製の文鎮だった。
当然特産のグラスモレスである。
グラスモレスは工房や職人によって様々な種類があるが、全体的に淡く微妙な色味と、内側から仄白く輝くような独特の佇まいが特徴だ。
鳥を象ったそれは斜陽を受けて、今にも命を得て飛び立ちそうだった。
陶器を使った雑貨が色々あった中で何となく目に留まって、これにしようと思ったのだ。
聖者は社交の一環として、よく手紙を書いている。
所謂社交界にはあまり参加しないが、その分書面で色々と交流するのだ。
そうでなくても、暇さえあれば机に向かっているのを良く見た。
だから、腐ることはないだろうと思ったのだが。
いざ渡すと落ち着かない気分になってきて、弁解じみた言葉が口をつく。
「……ウィリス様が強く勧めるものだから、断れなくて。
……まあ別に、要らなければ捨ててくれて良いし」
「そのような……できません、とんでもない……」
否定する声を徐々に細らせ、聖者は少しの間黙り込んだ。
落日間際の半端な時間で部屋が薄暗いこと、髪に隠れていることもあり表情は良く見えない。
やがて聖者は軽く息を吐いて、顔を上げた。
「…………ありがとうございます。いつぶりでしょう、こんな気持ちは」
表情の乏しい聖者が確かに、僅かに顔を緩めていた。
淡すぎるそれは笑みというほどの表情でもなかったが、その反応につい絶句する。
あの、聖者が。
数多いる信奉者たちに目も眩むような織物だの骨董だのを贈られても、無機質な返礼しかしなかった聖者が。
昨夜の鑑賞会の、良く分からないお宝の数々の前でも、特に表情を変えなかった聖者が。
その美貌に温度を、喜色を乗せている。
沈みかけた太陽も僅かに空に戻って、薄暗い部屋を照らすかのようだった。
驚いていると、「シノレ」と再び呼ばれた。
「ありがとう、ございます。
私がいない時に、わざわざ私のことを考えてくれた、それが嬉しいです。
……大切にしますね」
シノレは何となく居た堪れなくなり目を逸らした。
認めたくはないが、少し鼓動が逸っている。
別に、本当にこんなことで距離が縮まるだとか思ったわけではない。
お貴族様の機嫌も損ねられないし、角が立たないよう遠慮するのも面倒そうだと思っただけだ。
そんな気持ちでしたことなのにこんな、思わぬ好反応が返ってくると対応に困る。
「大切……は良いけど、使ってくれないと意味がないからね」
「はい、そうですね」
いよいよ微笑んだ聖者に、ついため息が漏れる。
全身に伸し掛かるような、相当な疲労感を覚える。
何だか、何かに負けた気分だった。




