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初老の婦人

「……うん、やはり作り手の顔を見て、直に品を手に取るのは良いものだな。

だが……中々これぞと、目の覚めるような品はないものだ」

「…………」


あれだけ使って何を言っているんだと突っ込みそうになるのを、最後の一口を押し込んで封じた。


今二人は手ぶらだが、それは何も買わなかったからではない。

店側に城まで配送させるということで、持ち帰らなかっただけだ。

今日の見物で彼は目についたもの、気に入ったものは即買いしていた。


ここ数時間でウィリスが使った金額は金貨二百枚だ。

馬鹿じゃないのかとしか言いようがない。

三ヶ月は遊んで暮らせる額である。

尤もその父親は更に桁が違ったが。

多分昨夜の聖者への喜捨だけで、豪勢な家一軒は軽く建てられる。

「最も金遣いの派手な使徒家」との風聞に恥じぬ散財ぶりだった。

浪費を物ともせず、ベルンフォードの御曹司は軽やかに笑う。


「……なあシノレ。確かにお前の立場上、下手な真似は躊躇われるだろう。

だがそうあれこれ、余計なことを考えずとも良いぞ。

今日誘ったのは単純にお前を歓迎しているからだ。

わざわざこんなところでお前の粗を探す理由もなし、それがしたければ聖都でとっくにやっている。

だからまあ、もう少し気楽にすると良い」


「それは、……そうですか。恐れ入ります」


その言葉を、どこまで飲み込んで良いものか。

今のシノレには、その判断すら簡単にはつけかねた。

親子揃って、良く分からない性格をしていると思う。


そこに、柔らかな声を掛けられた。


「……あらまあ、ウィリス様。奇遇ですわねえ、こんなところで」


歩いてくるのは、青鈍色のドレスをかっちりと着こなした初老の夫人だった。

その数歩後ろを、同じくらいの年頃の男が付き従っている。

顔見知りのようで、ウィリスは笑顔でこれに応対した。


「お久しぶりですわね。……そちらの可愛らしい方はどなたですの?」

「聖者様の傍付きの者だ、シノレと言う」

「まあ、この方が?聖者様が勇者としてお選びになったという……?」


隣のシノレを軽く紹介してから、二人はすぐに別の話題に移る。


「いつも父が世話になっている。

それにしても、あれからもう一年か……その後、母御のご容態はどうだ?」

「まずまずといったところですわ……

幸いにして、今年の冬はそれほど冷え込みませんでしたが、やはり病身には堪えたようで……

せめて暖かくなってくれれば、少しは」

「そうだなあ。来月を越えられれば、今少し改善されるだろうが……

あまり、気負い過ぎぬようにな。

母御は敬虔な教徒でいらした、神もそれを照覧なさっていよう」

「ウィリス様……ありがとうございます。

本当にいつも懇ろに、お気にかけて下さって……」


そんなやり取りを交わす横で、何となく傍に控える男を見つめる。

夫人は買い物の途中で、男はその荷物持ちをしているようだった。

邪魔にならないようにだろう、気配を希薄にして、伏し目がちに佇んでいたが、シノレと目が合うと軽く微笑んだ。


きっちりと髪を撫でつけ、背筋を伸ばした姿からは教育係にも近い几帳面さを感じる。

纏っている服は高級品ではないが、決して粗末なものでもない。

至って自然な、きちんと整った身なりだ。

特に、上着と靴は丁寧に手入れされているのが分かった。

そこそこ良い家から奉公に来ている使用人と言ったところだろうか――

隣で交わされる雑談を聞き流しながら、シノレはそんなことを考えた。


それから暫し、ウィリスと夫人の二人は、シノレには良く分からない話題で盛り上がっていた。

しかしやがて夫人の方が、何かに気付いたように口元を手で覆う。


「……あら、もう行かなければ。

御機嫌よう、ウィリス様。お話できて幸いでしたわ」

「そうか、夫君に宜しくな。気をつけて」

「ありがとうございます。

ご用命がありましたら、いつでもお越し下さいますよう」


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