ベルンフォードの長男ウィリス
「それじゃあシノレ、次は少し寄り道になるが、レセットの工房を見に行こうか!
ここの特色としては、曲線や柄にエルセインの様式を踏襲したところがあって、そもエルセイン王国とは……」
楽しげに弾んだ声で案内するのは、ベルンフォードの長男ウィリスである。
到着時も満面の笑顔で歓迎してくれたものだが、それだけでは飽きたらなかったらしい。
朝突然乗り込んできて、あれよあれよという間に連れ出された。
聖者は呆気にとられた様子だったが、機嫌を損ねたくなかったので着いてきた。
まあ滅多なことにはならないだろうと思ったのもある。
この男は初対面からこちらに好意的だったし、何となくそうした、警戒を緩ませるようなものがあった。
言われるがままに城を出て城下に入り、あれこれと店や工房を周りつつ蘊蓄を延々聞かされている。
鷹揚な雰囲気の工房では陶工体験のようなことまでさせられ、遠慮しようとはしたが「まあこれも勉強だぞ」と押し切られた。
グラスモレスはもう一生分見た気がする。
今日もそうだが、昨夜何故か招かれた晩餐会とそれに続いた鑑賞会で、ウィリスの父ウィザールに延々それらの魅力やそれにまつわる話を聞かされたのである。
晩餐の拘りを語り、収集品の由来と魅力を語り、特にグラスモレスに如何に入れ込んでいるかを語り、聖者の美しさを讃え、贈り物という名の喜捨をし、また振り出しに戻る。
普段は宝物庫に仕舞ってあるという品々が次々披露され、入れ代わり立ち代わりする食堂は広いはずなのに妙に狭く感じた。
終いには楽人やら詩人やらが来て、口々に聖者の麗しさを讃えて大合奏が始まる始末。
正直食事どころではなかった。
こんな調子で夜更け間近まで続いた晩餐会の影響で、今日も微妙に疲れが残っていた。
昨夜見たものも今日のものも、確かに見事なものだったが、そこまで入れ込むものだろうか。
この親子のグラスモレス窯への入れ込みようは、最早恋人に向けるようなそれであった。
金持ちのスケールには、正直ちょっとついていけない。
(でも、それはただの、根拠のない自信とか奢侈とかではないんだろうな……楽団によくいる成り上がりとは、根本的に違う)
そういう世界に縁のないシノレだが、それくらいの区別はつく。
彼らにとっては、これこそが自然なのだろう。
目だけ動かして、辺りを見回す。
どこを見ても、活気と余裕に満ちたところだ。
上辺は賑やかに栄えていても、路地の奥には死体が転がっている、そういう感じもしない。
「やはりグラスモレスは色味と曲線が良い。
他にはない風合いがある。
先程緑色が多く置いてある工房に寄っただろう?あそこは釉薬が……」
まだまだ続く。聖都で出会った時も思ったが、この男は相当話し好きらしい。
周囲もそういう様子を微笑ましげに見守っていて、頼んでもいない露店の食べ物などを渡された。
良いのかと思ったが、どうやら領主一族への売り込みも兼ねているらしい。当然毒見付きではあるが。
粉を薄く伸ばした生地で、辛く味付けした肉と野菜を包んだものをもそもそ咀嚼する。
最初の方こそきちんと聞いていないと後々困るのではと思ったが、どうやら全く気にしないらしいので半分ほど聞き流していた。
喋り続ける顔をぼんやりと見上げる。
こうして近くで見ると、やはり顔以外もレイグに良く似ていると思う。
顔つきや声の抑揚、身のこなしの優雅さ。
表面的には似ているのに、両者で受ける印象はまるで違った。
レイグのそれは神経質な、触れれば切れそうな殺気にも似たものだ。
こちらはというと同じ完璧さでも、ゆとりや鷹揚さに裏打ちされたものを感じる。




