エルフェスの歴史
エルフェスは代々ベルンフォードが治める領地である。
教団の傘下に入ったのはもう百年近く前のことであり、教団と真正面から争った末のことだ。
そういうこともあって、教主は当初この街を、草の根も残さず焼き払うつもりであったらしい。
だがこれに猛反対したのが、この街とその技術に惚れ込んだベルンフォード家当主だった。
特に陶磁器を産出する窯元グラスモレスがいたく気に入ったらしく、熱心にそして強硬的にエルフェスを庇った。
主君たる教主と対立し、異端視される危険も顧みずにだ。
普段は何かとベルンフォードに宥められがちなセヴレイルも、この時ばかりは『やめろ落ち着けこの馬鹿(要約)』と諌めたが、当主はそれでも譲らなかった。
結局論争は数年続いたが、遂には『あーもう分かった好きにしろ(要約)』と教主が折れたことで決着したのである。
因みにこの時、ワーレンとベルンフォードが激論を戦わせた書簡だとか、他家の意向を記した留書だとかは現存している。
一連の出来事を記した資料として今も大神殿の書庫に保管されており、申請すれば閲覧できるのだ。
基本常ににこにこご機嫌で気前が良いが、一度思い込んだら梃子でも動かない。
ベルンフォードとはそういう家なのであった。
シノレはシルバエルで教わった経緯を思い出し、初来訪のエルフェスを見渡した。
不穏な経緯で教団領となったエルフェスだが、現代では教団領でも有数の発展を遂げた豊かな街だ。
まあシノレはそれほど教団領のことを知っているわけでもないが。
全体的に明るい黄色の煉瓦を基調とし、一見しただけでも柔らかく華やいだ感じである。
聖都シルバエルともどこか似通った、活気と伝統を併せ持つ空気があった。
聖者は教徒たちの熱烈な歓迎を以て迎えられ、街をぐるりと巡った後領主の城に通された。
エルフェスの城は小高い崖から、東に湖水を望むことができる美しい場所だった。
聖者に用意されたのは眺望の良い、心地良い風の抜ける部屋だ。
一日目は疲れが残っているだろうと、殆ど客室から動かず過ごした。
聖者も多少気が休まったようで、顔色がここ数日より良くなっているのが分かった。
見られることは負担になると言っていたし、やはりこれまでの激務はあまり心地良いものではなかったのだろう。
使用人たちも付かず離れずの、負担にならないくらいの世話をしてくれた。
夜に多少の珍事はあったものの、概ね静かな時間が流れていた、のだが。
それも、今朝までのことだった。




