巡行
今年は雪が大分少なかった。
何気なく、馬車の窓から外を見たシノレは、日の傾き加減がこの前までと違うことに気がついた。
この数日で一気に春めいたようだ。
肌を刺すような寒さは緩まり、日も長くなりつつある。
奥に座っていた聖者は一瞬シノレを窺い見たが、すぐに向かいの相手に視線を戻す。
「……ウィザール様。あたたかな同道と歓待、改めて感謝申し上げます。
わざわざお出迎えまでさせてしまい恐縮です」
「いえいえ、こちらとしても聖者様をお迎えできるなど、この上もない誉れです。
どの道新年を迎えるにあたって、我々も聖都に戻らねばなりませんからな。
ですが一先ずは羽休めとして、我が家でのんびりなさって下さい。
息子も領民も喜びましょう」
それに、壮年の紳士がにこやかに受け答えした。
ここ最近聖者は慰問という名目で各地に訪れていたが、こちらもたまたま近場に所用で訪れていたとのことだ。
聖者が訪う最後の慰問先は、使徒家の一つ、ベルンフォード家の領地エルフェスであった。
そのために当主自身がわざわざ迎えに来て、こうして聖者と合流したのだった。
「相当な強行軍だったでしょう、半月足らずの間に十もの都市を巡るともなれば。
お疲れでありましょうし、またお体に不調などないかと案じられます。
お辛いようであれば、エルフェスではご無理をなさらずとも構いませんので」
「いえ、特に問題ございません。
以前から決められていたことですし、皆様良くして下さいましたので。
ですが、お気遣いありがとうございます」
そういうやり取りを聞き流しながら、頭を空にしてすっかり慣れ親しんだ振動に身を任せる。
思い返しても、割と頭のおかしい日程だった。
一処に一日以上滞在することはなく、息をつく間もなくまた移動が始まる。
強制的に同行させられたシノレも聖者共々、ほぼ毎日のように馬車に揺られていた。
気分は見世物にされて引き回される動物のそれだった。
(……それにしても。やはりというか、聖者が訪れた場所はどこも随分な熱狂振りだったな。気持ち悪いくらい)
聖者を見た誰もが至福の表情を浮かべる。
殊に、貧しい者はそれが顕著だ。
涙を流して地に額づく者すら、見飽きるほど目にした。
先だっての聖都の分裂から既に半月が経つ。
ここ最近は上も下も、誰も彼もが年の瀬の準備に追われていた。
一年を終わらせるこの期間は、それなりに重要なものなのだ。
それも半分が終わりつつある。
これからエルフェスに入り、そこに三日滞在した後聖都に戻る手筈になっていた。
ウィザールは楽しげに聖者と語らっている。
ふと会話が切れた時、シノレにも温かみのある笑みを向けた。
「シノレ、聖者様の随伴ご苦労であった。
連日の移動でお前も疲れていようが、年越し前に我が領を楽しんで欲しい」
「はい……ありがとうございます」
それに曖昧に答える。
薄々気付いてはいたが、やはりセヴレイルとは随分違うようだ。
聖者の強い意向とは言え、今回のシノレとの同乗すら全く嫌がる素振りを見せなかった。
身分差のある者同士は、そもそも同じ空間にいることすら避けられるものだが。
とは言え吹けば飛ぶような身分の差があるだけに、迂闊に何かを言うわけにもいかない。
下手を打った日には、仮に本人が許したとしても周りが許さないだろう。
気さくなお偉方というのは見たこともない人種であるので、シノレとしても対応を手探りしているところがあった。




