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和解

次々地名が出てきて、脳内の地図を書き起こすのに苦労した。


(教団から見てロスフィークは南西、サフォリアが南東。

レドリアは教団・騎士団・楽団の狭間に三角型に広がる中立地帯だったか……)


楽団や騎士団を経由しては目的に辿り着くまでの消耗が激しい。

中立地帯は原則他勢力の軍が通ることを認めない。

教団が西に向けて斜めに南下するのは、確かに効率が悪く危険が大きい。

サフォリアと結んだというだけでも、ロスフィークへの充分な牽制になる。有効な対応である。

セヴレイル家の感情さえ無視すれば、という但し書きはつくが。


一連の流れに顔を強張らせ、案じるようにレイグを窺い見たルファルが、それとなく異議を唱える。


「これは……何よりも尊き猊下の仰ることとも思われませぬ。

……ロスフィークを抑え込むためと言えども……騎士団の異教徒どもと、手を結ぶと?」


「盲の羊を正しき方へと導くことも、教団の意義ですからね。

五年後に彼らの心が何処へ向いているか。それを決めるのは我々でしょう」


教主はそんな臣下に含みを持たせた言葉をかけ、レイグにふと微笑みかけた。


「無論、ゆくゆくは天秤の旗の元、我らはサフォリアを手中に収めることでしょう。

セヴレイル家の敵は私の、ひいては教団の敵です。

教祖の代からの忠孝、忘れたことはありませんよ。

しかし物事には優先順位があります。

楽団と手を結び、我が血肉にも等しい教徒を害そうとするロスフィークの動きを看過することはできません。

――神の御心を地に叶えるために。彼の地の異教徒を、征討しなければなりません」


その声は氷から落ちた雫のように、冴え冴えと場に染み渡った。


突然投げ込まれた宣言に、誰もが二の句に迷う。

聖都内部での混乱を収拾させるはずが、騎士団絡みの戦にまで飛び火してしまった。

自然にその視線は当事者の反応に集中する。

騎士団相手への武力行使となれば、中心に立つのはカドラス家だ。

ヴェンリルに並ぶ武門の当主であるルファルが顎を擦り、考え込んでいるようだった。


「…………我が家が陣頭に立ち、サフォリアを通して異教徒どもの征伐に乗り出すとして。

猊下は最終目標をどこに定めてお出でですか?

臣が愚考しますに、楽団を相手にしながらロスフィークをも手に掛けるとなると、相当無理が生じるのでは……」


「南方面に教団の軍を動かすつもりはありません。

援助するのは物資と金銭、奴隷程度ですよ。

必要とあらば援軍を出すこともあるでしょうが……そこはサフォリア次第ですね。

無論本拠地を粉砕できればそれに越したことはありませんが、差し当たっては補給源となる都市や町村を幾つか破壊できれば充分です。

西側からも、楽団がいつ攻め込んで来ないとも限らない。

……だからこそ私は、君たちの不仲を憂いているのですよ」


教主はルファルから目を外し、レイグとリゼルドに目を移す。


「領と民を守るために、今こそ教徒は一丸とならなければなりません。

ですが嘆かわしいことに、聖都における不均衡は根強く、反目は未だ如何ともしがたい。

これを是正するためにも、私自ら修正に取り組むべきと判断しました。

ですので、リゼルド。君とイウディアの縁談も、差し障りなければこのまま進めたく――」


「いえ猊下、それには及びません。

リゼルド殿のお相手には私から、従妹のユリアを推挙します。

リゼルド殿が宜しければ、ですが」


レイグは教主の言葉を振り切るように、きっぱりとそう言い切った。

教主はそれに、微笑みつつも探るような目を向ける。


「……おや。それで本当に良いのですか?」

「良いも何もございません、当然のことです。

何もかも猊下の仰る通り、ならば臣下として尽力を躊躇うものではございません。

使徒家当主として、どうして聖都の不平等を放置しておけましょう。これが私の忠誠です」


言い放ったレイグはリゼルドに向き直り、にこやかに、まるで長年の親友にでも接するように微笑みかける。

正面からリゼルドを見つめるその顔には僅かな曇りも見られなかった。


「如何でしょう、リゼルド殿。使徒家同士、心を一つに教団を盛りたてようではありませんか」

「…………」


リゼルドは珍しいことに、古い酢でも呑んだような、意味の分からない生態でも見るかのような顔をした。

もっと率直に表現すれば、その顔には「こいつ本っっっっ当キモいな」とありありと書いてある。

だがレイグはそんな相手の反応など一切気に留めず、どんどん話を進めていく。


「猊下、私は今ここで全てを水に流そうと思います。見届けて頂けるでしょうか」

「そうですね。互いに蟠りはあるかもしれませんが、大義のため団結し、友好の証を示してくれれば。

私としても非常に喜ばしく、安心できますね」


いつの間にか入ってきた侍従たちが、上等な盃に注がれた葡萄酒を配っていく。

透明な盃に揺れる、生き血のように深い紅色が見える。

それはドールガと付近一帯の支配権を巡って争った初代カドラスとヴェンリルが、和解の証に酌み交わしたと言われる酒だ。

教団において、これを共に飲むことは和解の儀を意味すると聞いたことがある。


(ていうか、ここまで全て計画通り、準備万端ってことか……)


あまりの手際の良さに顔を引き攣らせるシノレだが、誰も気に留める様子もない。

もう気付かれないように、そっと帰っていいだろうか。

強張った顔の聖者と目が合い、悟られたのか静かに首を振られる。


「……リゼルド殿。猊下もこう仰っておられますし、過去の蟠りなどに拘るのは愚かしい。

これからはともに猊下のため尽力致しましょう」

「――……」


レイグが笑顔で盃を掲げた。

リゼルドはそれに目を向けず、手元に置かれた盃を無表情で見下ろす。

水の中のような、深い沈黙が場に落ちた。シノレは思わず固唾を呑む。


ここまでお膳立てが整えば、拒否するという選択肢は無い。

それでも当事者がリゼルドの場合「何か気に入らないから」と引っ繰り返しそうな怖さがあるが。

周囲の緊張が場に満ち、僅か数秒が何時間にも感じられた。


果たして、リゼルドは無表情を崩し、失笑した後盃を取った。


「はは、……はー、こうなるか……ちょっと予想外だなあ……

でもまあ分かった。受けるよ、その話」

「ええ、これからは義兄と思い、何でも相談して下さって構いません。

とは言えヴェンリルの素行については、今後はそちらにも譲歩を願いたいですが」

「はいはい。要請は後で纏めて頂戴、家の連中と検討するから」


互いに笑い合い、同時に盃に口をつける。

それを見届けた教主はごく優雅に、満足そうに笑い、レイグに言葉をかける。


「……分かってくれて安心しましたよ、二人とも。

レイグ、譲ってくれてありがとうございます」

「いえいえ、子供の狼藉を目溢ししてやるのも、年長者の務めですからね」


それはあからさまな当てこすりだったが、教主は素知らぬ顔で「これで私も安心です」と笑う。


「……先日お会いして驚きましたが、エレミア嬢は随分と美しくおなりでしたね。

お話できて、エルクも大層楽しかったと言っていました。また誘わせて下さいね」

「願ってもないこと、まこと光栄に存じます。

これといった取り柄もないつまらぬ妹ですが、どうぞいつなりとお呼び付け下さい」


(あ、飴と鞭、化かし合い……)


眼の前で展開されるやり取りを唖然と眺めつつ、そんな言葉が頭を過る。

表面だけはにこやかに笑い合う様を、見ていられず目を外す。

そのまま視線を彷徨わせていると、ふとリゼルドと目が合った。


「…………」

黒髪の少年は何も言わなかった。

ただ持ったままの盃を手の中で弄び、くるりと一度回す。

そして、教主によく似た顔で小さく苦笑したのだった。



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