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使徒家招集

(あ、やばい)

部屋に入った一瞬でそう感じ、考えるより先に体が身構えるのを感じた。

危険を察知して、体の隅々まで緊張が駆け巡る。


数日前、急に大神殿に使徒家が集うことになり、シノレもそこに呼び出された。

ここ最近では珍しく、妙に冷え込む日だった。


当主たちも既に揃っており、入るや否や一斉に視線を突き立てられる。

だがそれらはどうということもない。

何よりシノレの心胆を冷えさせたのは、上座に着く教主の目線である。


やはり苦手だと思う。

大して関わりがあるわけでもないのに……

いや、だからこそか。

不興を買う心当たりどころか、未だ殆ど交流もないというのに、出会った時から教主が向けてくる得体の知れない何かが不気味なのだ。


「良く来てくれました。どうぞこちらへ」


「……猊下におかれましては本日もご機嫌麗しく……」


決まり切った挨拶を並べながら、場の空気を窺う。

聖者が強張った顔でこちらを見ていたが、目が合わないようにすぐ視線を外す。

迂闊に触れれば弾けそうな緊張と敵意が空気中に揺らぎ、刺すような冷たさを感じるのは気温のせいばかりでもないだろう。


今日使徒家が集うことは誰もが知るところで、いよいよ教主が本格的な仲裁に乗り出すのだろうと噂されていた。


だが、そもそもの教主の思惑が分からない。

セヴレイルとヴェンリルの対立に、どういう立ち位置を取っているのか。

セヴレイルに肩入れしたかと思えばヴェンリルに縁談を持ちかけ、自ら傾かせた天秤を元に戻すような真似をする。

セヴレイルに味方したいのか、ヴェンリルに味方したいのか。

今日の成り行き如何で、聖都は大きく動くことだろう。


誰もが息を詰め、動向を見守っている。

今までにも言い争っていたのか、当主同士は冷え冷えと睨み合っている。

そんな配下の空気など知らぬげに、教主はシノレに問いかけた。


「君を呼んだのは他でもありません。

最近聖都を騒がしている諍いに、君も関与していると考えたためです」


教主はシノレに向かって微笑みかける。


「シノレ。この件について、どう思います?

……何と言っても君のことなのですから、君自身の意向が大切でしょう。

遠慮は要りませんよ。

君の意に沿う家が、どこかにありますか?」


(……あーやっぱりこっちに投げてくるかー……

ですよねー……)


呼び出しを食らった時から薄々察していた展開である。場は静まっていた。

誰もがこちらに注意を向けているのが分かる。

視線に物理的な力があったならば、今頃この体は穴だらけだろう。

酷く心配した聖者の視線が特に痛い。


(さて、どうするか……)


シノレとしてはどちらも選びたくないというのが本心だ。

選ばれなかったほうにはまず敵視されるだろうし、選んだ方がきちんと守ってくれるとも思えない。

戦争か政争かの違いはあれど、体の良い駒として使い捨てられるのが関の山だろう。


……順当に行くのなら、レイグを選ぶべきだ。

少なくとも聖者はそう考え、そう立ち回っていた。

だが、どうしても気が進まない。

シノレの直感が、選ぶべきではないと告げている。

それでもリゼルドの縁談の件が無かったなら、それが周囲の総意なのだと従っただろう。

だが、恐らくそうではない――裏事情を探るためにも、どうにか言葉を濁して時間を稼ぎたいというのが本当のところだが。


「…………猊下。お言葉ですがこのような空気の中決めさせるのは、やや酷な――」

「……ウィリス。黙っていなさい」


それが許されそうな空気でもない。

意識的に深く息を吸い、その拍子に独特の香りが漂ってきた。

思わず目を上げ、上座の教主を窺い見る。


教主は僅かも視線を逸らさず、こちらを見つめている。

笑みこそ浮かべたままだが瞬きすらしないその目に、これまでで最大の、足元から冷たく這い上がるような危機感が生じた。


(あ、)


その時シノレは、突然腑に落ちた。

レイグでも、リゼルドでもない。

この場で誰よりも教主に値踏みされているのは自分だと。


何故かは分からない。

どんな予想図を描いているのかも知らない。

ただ、ここで教主の心に適う答えを出せなければ自分は死ぬ。


それが、唐突に理解できた。


どっちだ。どっちが正しい。目まぐるしく思考が巡る。

どちらを取り立て、どちらを掣肘すれば教主はより得をする?

教主の動向を見るに、どちらにも良い顔を見せていたようだが、ではどちらを勝たせたいのか、それが見えてこない。

一方を選べば、選ばれなかった方が発言力を落とす。

考え込むほどの猶予はない。

二つに一つ、選ぶしかないのだ。


(二択――いや。本当に、二択なのか?)


思考が加熱していく中で、ふと、そんなことを思った。

その考えが思考を掠めて、瞬間視界が晴れたようになる。

そもそも、教主が望んでいることとは何だ?

どちらかの優劣を決し、諍いを終息させることか?いや――……。


『――お前の選択が、聖者様の――』

『ーーこのことは、きっとお前の今後全てを左右するーー』

『――勇者殿の判断は、ひいては神の――』

『――君自身の意に沿う家――』


(……ひょっとしたら)


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