教主と側近
「猊下。此の度の件、どのように収拾をつけるおつもりですか」
そう問いかけたグレーデに、教主は静かな視線を返した。
そのまま立ち上がり、グレーデを出迎える。
その奥には教主の異母弟エルクの姿も見えた。
雰囲気からして、何やら語り合っていたらしい。
「グレーデ。珍しいですね、君がこのように訪ねてくるなどと」
「無作法のほど、お許しを」
それにグレーデは深々と頭を下げて応じる。
「ザーリア―はワーレンの側近」という名目から誤解されがちだが、彼は常に主君の側近くに控えているわけではない。
ザーリア―家当主は実際に主人に仕えるというよりは、仕える人間を統率する役割なのだ。
まして今いるのは教主の、接遇用ではなく生活に使う屋敷の一室である。
つまり私的な空間で、余人が立ち入ることは殆どない場所であった。
部屋の装飾として四方を取り巻く天秤のレリーフは、教団の象徴であり、ワーレン家の家紋でもある。
僭越と無礼を承知で、このように訪ねたのには理由がある。
こうなればどうあっても、主君の意を仰がねばならないからだ。
幸い主君が進めてきた策略は達成された。
後は幕を引くだけ、それなのに主君は状況を停滞させている。
この件の後始末をどうつけるのか。
そのために聖都に巻き起こった動揺を如何にして鎮めるのか、それを聞きたかった。
「……とうにご存知のことでしょうが、セヴレイルとヴェンリルの水面下の諍いは激化する一方です。
表面こそ落ち着いていますが、猊下の宸襟が不明瞭故の様子見に過ぎません。
最近では二つの家とその傘下ばかりか、両家と関わりのない中立の教徒たちの間にも、不安が広がっています。
速やかに猊下のご威信を以て、聖都の乱れを正されるべきかと愚考します」
教主は口を挟まず、身じろぎもせずそれを聞いていた。
グレーデは日頃は一切口を挟まず、ただ円滑に主の意思を叶えることだけに徹している。
今回のこととてそうだ。
何を言われずとも、主の思召に信じ従うのがザーリア―の存在意義だ。
だが教徒たちの全てがそうできるわけではない。
継承から僅か五年。
未だに若すぎるほどに若い主の足元がぐらつくことは、決してあってはならない。
そう言外に訴える。
何よりも彼を惑わせるのは、主君がどちらを援護しようと考えているのか、それが全く見えてこないことだ。
こんな状況では動揺を宥めようにも、迂闊に配下を動かすこともできなかった。
実情を曖昧にしたまま下を宥めるのも限界に達しつつある。
(まさかと思うが、決めかねておられるのか……?)
主君の仰せがあれば全能力を注ぐのみ、無ければ黙して控えるのみ。
疑問を持つなどあってはならない。
彼は常日頃から周りにそう言い聞かせているし、それを信条として生きてきた。
だが、これは流石に不自然だ。
何か迷いや気掛かりがあるのなら伝えて欲しいと言外に訴える。




