聖者の涙
何事も、腹が満ちれば何とかなる気がしてくるものだ。
気を取り直して再開である。
途中までの流れは午前と同じだった。
同じ道を辿り、分かれ道で逆を選ぶ。
例えるなら、それが近いかも知れない。
先程は肉体を越えて大きな範囲に己が広がっていく感じだった。
今度は逆に自分の中に、小さく小さく、どこまでも凝縮され沈んでいく。
普段なら気にもとめず感じられないような、体の中で起きている事事を具に感じる。
心臓の煩いほどの拍動が隅々まで鳴り響き、その心臓を出て血液が巡りゆく。
内臓が動き、肉と骨が重なり合っている。
シノレはその時、通常の感覚ではなかった。
聖都を俯瞰した時はまだ、五感を使っていた感じがあったが、普段使わないような感覚で、普段分からない何かを感じた。
そんな気がした。
その中で、何か、途方もない真理を手にした気がした。
螺旋を描くその中をどこまでもどこまでも沈んでいき、やがて到達する。
どこかで、何かが、開いた。
「――――!!」
シノレはばっと、弾かれたように目を見開いた。
その時の感覚を、どう表現すれば良いのだろう。
胸の下、腹の上を、突風が吹き抜けたような。
心臓が高鳴っている。手足に重い余韻が蟠る。
苦痛ではないが、だが、何だろう、これは――。
痺れのような余韻に浸っている内に、重力と、肉の体の感覚が戻って来る。
押し寄せる景色や音や感触は慣れ親しんだものだ。
けれど、先程までのものとはまるで違う。
そもそも今の自分は本当に自分自身なのか。
今まで考えもしなかったそんな疑念に混乱しそうになった。
「……ねえ。今の、これが…………」
問いかけようと、手を握ったままの聖者を見てぎょっとする。
「…………」
呆然と、呼吸も忘れてしまった。
視線の先を落ちていく、透明な雫に目を奪われる。
聖者の見開かれた左目。
そこから音もなく、涙が伝っていた。




