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気づき

いつも通り少なすぎる昼食を早々に食べ終えた聖者は、静かにこちらに問いかけた。


「……食べている間は、気分転換に違う話でもしましょうか。

何か気に掛かることなどはありますか?

私にお答えできるかは分かりませんが……」

「いやいきなりそんなの言われても……」


話題に迷って語尾を濁し、ふと思いついたのはエルクのことだった。

先日の茶会以来腰を据えて話すような機会はなかったが、近隣の者として色々情報は耳に入ってくる。


「エルク様って、最近は猊下によく呼び出されているよね」

「あ、ああ……そうですね。

ご兄弟仲が良いのは、素晴らしいことだと思います。

これを機に、より良い方へ向かえば良いのですが」


「でも、エレラフで話した時は、猊下に興味を持たれてないし親しくないみたいなことを言っていたんだけど。

実際のところ、どういう感じなの?」

「それは……私も、詳しいわけではありませんけれど。

少なくとも猊下は、エルク様を疎んではおられないと思いますよ。

お忙しいなりにお気にかけていらっしゃると思うのですが……」


聖者は顔を曇らせた。

それを聞きながらぼんやりと思う。

彼は今も、エレラフの惨状を引き摺っているのだろうか。

拭えない血みどろの光景に苦しんだりするだろうか。


シノレはそこまで繊細ではない。

あの程度、常に世界のどこかで起きていることだ。

それで物が食べられなくなるわけでも、眠れなくなるわけでもない。

ただ時々こうして思い出すだけだ。


「……そもそも異教徒って、何だろうね?」


その問いを受けた聖者は戸惑ったように視線を揺らし、慎重に言葉を選び出す。


「場合によっても意味合いが変わってきますが……、

教団では専らマディス教の教徒を指す言葉ですね。

騎士団北西部の者に多く、特にロスフィークという都市が、今では彼らの本拠地となっていると聞きます」


「それでそいつらを打ち倒すことが、教団の第一目標って?」

「……貴方には不愉快なことかも知れませんが。

あちらも教団に並々ならぬ怨恨を抱え、殺意を引き継いでいるのです。

自分が生き延びるには相手を殲滅しなければならない、そういう段階まで来ています。

……色々と、ありましたから」

「……それは分かるよ。結局は生存競争だよね。

異教とか教義とか、何とか言っていても……」


この聖都も元々、異教徒のものだったと聞く。

けれどそれは何世代も前のことだ。

その子孫は、どこかの異教徒は、見たこともないこの聖都を奪還するために今も爪を研いでいるのだろうか。


(やっぱり、いまいち分からないかな……)


シノレには遠い先祖同士の揉め事よりも、眼の前の食事の方が余程重要だ。

堅焼きの小さなパンをまた一つ口に入れる。

シノレがまた食べ始めたので、聖者も口を噤んだ。

深い自然の中で、時の止まったような穏やかな時間が過ぎていく。


(こんなの、故郷では有り得なかったことだな…………

………あれ、じゃあ、馴染めなくて落ち着かないはずじゃ?)


そして気づいた。

一緒に暮らして、食事を共にして、言われるがままに良く分からない修行までして、けれど何一つ嫌ではない。

馴染みがないはずのそれらを、シノレは酷く自然なことに感じている。


出会いはあんな風で、刃物を突きつけたりもしたのに、奇妙なことだと思う。

けれど自分は、聖者といることが嫌いではない。

だから沈黙も苦と思わないのだと、そう自覚した。


(…………何だ、これ。この人は、僕にとって何なんだろう)


もやもやとした気分を吹き消すように、涼やかな風が髪を撫でていった。



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