奇妙な修行
シノレは少し黙り込んだ。
「……それで、それはどういうものなわけ?
知っているんだよね、その力ってものが何か、どうして僕にそれがあるのか」
「…………そう言われることは予測していましたが。
今はまだ、全てを打ち明けることはできません。
ですが、騙されたと思って試してみませんか。
危険があるわけではありません。
寧ろ私が手を引くことで、その危険性を最小限に抑えることができる……と、思います。
使いこなせれば、魔獣への切り札にもなるでしょう。
知識と同じく、新たな力を手に入れると思って、任せてはくれませんか」
段々言葉が見つからなくなってきたのか、弱々しい口調でそう結ぶ。
シノレはじっと聖者の顔を見つめ、ため息を吐き出した。
「結局、まだ何も明かしてくれる気はないわけか」
「……それも、考えました。
僅かでも貴方への償いと誠意になるのならと。けれど知ってしまえば、私は間違いなく貴方を巻き込みます。
私とともに汚泥に沈む覚悟もなくそれを知っても、お互い不幸な結果になるだけでしょう。
……力を引き出す、だけなら。
それだけならシノレ、貴方も。
多少役に立つであろうことを知って、それで終わりにできる、でしょうから……」
「…………本当、駆け引きとか下手だよね。
冗長な割に不明瞭で、あちこち飛び移って、そんな話し方じゃ子供もついてこないよ?」
ただ、恐らく口にしていることに嘘はない。
聖者の言う力とやらは、初対面の時何故かシノレを選んだ、そのことに紐づけられている。そう感じ取った。
これを逃せば、ここで応じなければ、聖者は決してこちらに心を開くことはない。
責任を感じてシノレの立場は守るだろうが、それ以上は何もない。
そんな気がした。
「……良く分からないけど、良いよ。
それで気が済むなら」
そして、奇妙な修行が始まった。
何か必要なのかと問えば、何も無いと返される。
ただ手に触れて良いかと聞かれたので、黙って差し出した。
「シノレ」
手を握られ、名を呼ばれる。
聖者は常にこうだ。
シノレを、ともすれば見失ってしまう幻のように呼び、見つめ、触れる。
そういう扱われ方に慣れていないこともあるだろうが、ずっとそれが不可解で堪らない。
聖者の方が自分などより遥かに、夢幻とも奇蹟とも蜃気楼とも称される存在だろうに――
「貴方が力を使う時、いつもどのようにしていますか」
「呼吸を薄めて、長引かせて……自分を広げていく感じかな」
「そう。では、そのようにして下さい。
…………力を抜いて。私の目を見て。
けれど、私を意識しないで。
心を空にして、ただ感覚を研ぎ澄ませて下さい」
言われるがままに覗き込んだ瞳の中心。
その奥に湛えられているのは、深い深い青だ。
そこに自分の顔が映り込んでいる。
聖者の声もいよいよ密やかに、こちらの集中を妨げないものになる。
「……私の目に映った、貴方を見つめて。
その奥底にあるものを感じ取って下さい。
いつも使う時のように、集中してみて下さい。後は私がします」
言われるがままに注視し、なるべく集中しようとした。
「雑念を無くして」と、そう言われて、できるだけものを考えないように、そうしようとはしたが。
何も考えない、それがまず難しかった。
何故聖者が、物心ついた頃から身の内にあったこの力のことを知っているのか、そしてこんなところで修行などしようとしているのか。
露見すればどうなることか。
そんな風に、思考が余計な方向に逸れようとする度に、諌めるように手を握られる。
その度に意識を引き締め直して、そんなこ
とを何度も何度も繰り返す。




