聖堂
月も半ばに差し掛かろうとしていた。その日、聖者は朝食の席で朝一番にこう告げた。
「シノレ。今日は私に付き合ってくれますか」
「……今日は予定入れてなかったんじゃ?
僕も教練があるし……」
今日は聖者はどこかの行事に出席しないようだった。
ここ最近を思えば珍しいことであるが、誰しも休みは必要だろう。
聖者自身そういう席が得意でないようなので尚更だ。
だからてっきり、今日一日を休息に当てるのだと思っていたが。
「ジレス様にはお話を通してあります。
どうか、私と来て下さい」
一瞬ジレス様とやらが誰だか分からなかったが、そう言えば教育係がそんな名前だった。
その許可があると言われては、断る理由も無い。
山腹の屋敷を後にし、見えてきた目的地に、やっとその用向きが何かが分かった。
同時に別のことにも気づく。
(そうか、あれから三ヶ月経ったのか…)
何を隠そう三月前に訪れ、聖者を拉致した場所である。
そこは聖者が月に一度籠もり、日を徹して祈るという聖堂だった。
あの時はこの場所について、大した関心も無かった。
けれど改めて見ると、少し奇妙に思えてくる。
「ここって何なの。
聖都の聖堂にしては妙に小さいし、場所も妙に辺鄙というか……」
「十五代目の……
先々代猊下が、夭折したご令愛を偲んで建立なさったそうです。
場所が奥まっていて不便なので、あまり人は近づきませんし……
別の意味でも、立地として都合が良いので」
そんな会話をしながら聖堂に入り、人払いを済ませる。
小作りだが丁寧に設えられた聖堂の中に、暫し沈黙が流れた。
聖者が何か話したがっていると感じ、黙って待っていると、「シノレ」と呼びかけられる。
「…………どう、話せば良いのか
……何をどこまで話そうかと、ずっと、考えていて……」
俯きがちにそう語る聖者の顔は、髪に遮られて見えづらい。
これから話すことを誰にも口外しないで下さい、そんな前置きとともに語られた話は、何とも不透明で不可思議なものだった。
「……私の、聖者のことについて、一つ秘密を打ち明けます。
私は、人々の心を動かすことができるために聖者と呼ばれました。
……そして確かに、私はある種の力を行使することができます。
そしてシノレにも、その素質があります。
貴方が勇者である以上、それは絶対にあるはずなのです」
訥々とした語り口に、黙って耳を傾ける。
言われていることは誰でも知っているようなことだ。
と思えばいきなり自分に話が飛んで、驚きを隠せなかった。
「私はそれを解放したい。
貴方の奥で眠っている力を引き出したいと、そう思います。
だから今日、付き合って欲しかったのです。
この聖都で最も力の集まりやすい、この場所で」
「……いや待って、話についてけないんだけど。
僕に聖者様と同じ力なんてあるわけないよ。
言っとくけど平々凡々な小僧だよ?
何が見えてるわけ?」
「いいえ、貴方は知っているはずです」
聖者の目は至って静かなもので、それに項が逆立つような気がした。
弱みを知られていると感じ、反射的に体が身構える。
「他でもない貴方自身がそれを自覚し、少なからず意図的に行使してきた。
三ヶ月前この聖都から抜け出した時のように。
それが今までにも貴方を守り、同時に苦難に晒してきたはず。
けれど完全に制御するには至っていない。
そうではありませんか」
「…………」
確かにその通りだ。
いつからか傍にあった、奇妙で不安定な力。
それで窮地を脱したこともあれば、まるで使えず追い込まれたこともあった。
そしてそれが孕む破滅的な欠点にも、薄々感づいている。
……ただ、シノレ自身にも原理は分からないのだ。
生きていく上で独自に手探りしていったものであり、未解明な部分は未だ大きい。
「それを知っているって言うの?
だから僕を勇者と呼んだと?」
「はい」




