教主の要求
見交わす顔はやはり似ていた。
教主とリゼルドは姉妹を母に持つ従兄弟関係だ。
教団の二百年の歴史で、ワーレンとヴェンリルがこれほどに近づいたことはかつてない。
聖都に蔓延る差別は根深く、潮目が変わったのは先代の時代だ。
ワーレンとヴェンリルの先代同士は妙に馬が合ったらしく、版図を広げる戦いを重ねる内に一層親しくなった。
そうしたこともあり旧来の柵から脱しようと取り決められたのが先代当主とワーレン家令嬢との結婚であったのだが――その結果がこれである。
教主はリゼルドを白々と見つめる。
神の恩寵なのか魔獣の呪詛なのか。
何とも判断に迷うところである。
能力は申し分ないのだが、その素晴らしさを打ち消して余りあるほど性根が酷い。
そんな本心は包み隠して近況を混じえた雑談を終え、「それにしても」と教主が本題を切り出した。
「セヴレイルの行いについては私の耳にも入っていますが。
ここ最近はどうやら、ヴェンリル家の者たちも好ましからぬ挙動を見せているそうですね」
「ああそれね。……仕方ないんじゃない?
そもそもそっちが受け入れてくれないんだし?
でもそれも放っとけば収まると思うよ、奇しくも今回のことでこっちの感情も緩和されたし……
さっすがレイノス様だよね!
あの手この手で振り回してくれる!!」
教団の中にあって、ヴェンリル家は長らく差別的扱いを受けてきた。
リゼルドにとっては気にする意味もないことらしいが、全員が全員そうではない。
長年かけて溜め込んだものが噴出した形だ。
どうせ悪人、汚れた者と見做されるならそれに倣ってやろうという自棄を起こしたというわけだ。
リゼルドの言う通りその内収まりはするだろうが、放置しておけるものでもない。
この聖都は教徒たちが安んじて過ごせるようにと、そのための場所なのだ。
どんな事情であれ、それを踏み荒らされるのを教主は看過できない。
「可哀想にねー、教徒の皆のために命懸けで頑張ってるのに、差別されて嫌われて。
二百年もこんな調子で汚い道具みたいに扱われてきたら、そりゃあ嫌にもなるだろうさ」
実のところそれを裏で煽ったのはリゼルドであるのだが。
いよいよ爆発するかと思ったところで縁談という冷水をかけられ、中途半端になってしまっている。
つくづくこの主君は、その手の時機を読むのが上手い。
いよいよ敗北まで秒読みかと思えばこの展開、向こうもさぞ神経を逆撫でされていることだろう。
こちらはこちらで鬱憤が蓄積しているが、お上品な聖都では大した気晴らしもできやしない。
麾下たちの忍耐心もとうとう罅割れてきている。
リゼルドには特にそれを補修するつもりもない。
寧ろここからが本番であると笑う。
そんな心情は出さずに、素知らぬ顔で白々しい言葉を綴る。
「あいつらも人間なんだしさ、あんまりつれなくされたら鬱憤も溜まるんだよ。
僕も頑張って抑えてはいるけど、こればっかりは僕らが頑張るだけじゃ――」
「リゼルド」
ぴしゃりと冷風が叩きつけるように、その声は続く言葉を打った。
教主は変わらずに笑顔のままだ。
「訴えは聞き入れましょう。
ですがまずは一門の長として、責任持って麾下を抑えつけなさい。
話はそれからです」
リゼルドはそれに、愉快で堪らない気持ちになる。
高ぶる気分のまま思う存分哄笑したいのを堪える。
そんなことで貴重な時間を潰すのは勿体無い。
「勿論分かってる。
僕はレイノス様には従うと決めているんだよ、これでも。
半日頂戴、それで済むから。
後は数日かかるだろうけれど、迷惑かけた相手への補填もしておくよ」
「…………成程。……君の意向は理解しました」
上機嫌なリゼルドの顔を探るように見つめていた教主は、ひとつため息を吐いた。
「そろそろ下がりなさい。時間が押しています」
「えー何で~?まだまだ話したいのに!
何、そんなに大事な用でもあるの?」
「……これからレイグたちが来るんですよ。
今顔を合わせても、互いに愉快なことにはならないでしょう?」
「ああ成程。
僕とワーレンの縁談に文句つけに来るわけか、一々相手して大変だねえ……
えっと何だっけ、相手、エナだっけ?」
「イウディアです。ほら、下がりなさい。
今後の顔合わせなどのことは追って知らせます」
無造作に扉を指し示す。
それにリゼルドは、楽しくて堪らないという風にくすくす笑った。
「折角縁談話が上がったんだし、手紙でも書いた方がいい?」
「余計なことはしなくて宜しい。
ただ麾下の件だけは、忘れないように」




