つかの間の休息
エルクはまだ何か言いたげだったが、それ以上は周りが許さなかった。
半ば強制的に退出を促され、与えられた部屋に戻る。
やっと休むことができる。
シノレは通された部屋に入るや、ばたっと寝台に倒れた。
そんなこんなで気力を振り絞り与えられた部屋に帰ってきたわけだが、一人になった途端糸が切れた。
うつ伏せになって手足を動かし、うぞうぞと掛布を頭から被る。
(……本っ当、疲れた。
こんな長距離の移動も初めてだし、馬鹿が騒ぎを起こすし、明日は戦場だし。
ああこのまま眠って起きたくない……)
街に入った時のことを思い出すと、ますますうんざりと疲れてくる。
本当に馬鹿だ、あの子供は。
あんなこと、シノレでさえ思っていても言わなかった。
力もないのに叫んで目立ち、それで殺されるのだからどうしようもない。
ぐるぐると遣り場のない怒りが巡るが、すぐにこんなことで心乱していられなくなるだろう。
こういう時は一眠りして切り替えるに限る。それ以外にできることなど何もないのだし。
……なんでこんなところに来てしまったのか、もう何度思ったか知れない独り言を無言で呟く。
瞼が重くなってくる。
そうしていると、色々な顔が瞼に浮かんで流れていく。
そうしている内に、シノレの意識は薄れていった。
慣れない場所での眠りだったが、目覚めは思ったより良いものだった。
こんな贅沢な寝室なんだから当たり前かもしれないなどと考えていると、外から気配が近付いてくる。
現れたのはお仕着せ姿の使用人たちで、思いがけない光景に一瞬で目が冴える。
「おはようございます、シノレ様。
良くお眠りになれましたでしょうか」
「…………え、何……あ、支度は自分でするから。
うんよく眠れたよ、うん、だから一人にして!!」
どうやら自分も、ここでは教団の賓客と見做されているらしい。
仕方がないことだが正直止めて欲しい。
身支度を手伝おうとする使用人たちに断りを入れて、外で待っているように伝える。
一人になってから顔を洗い、椅子にかけていた上着を手に取った。
「……さて、ここからが正念場かぁ」
その声は爽やかな朝の部屋の中で、暗く重たく響いたのだった。
こんな日には似つかわしくないほど、それは晴れやかな青い朝だった。
祈りを捧げ、朝食を終え、もう一度祈って、いよいよ軍は動き出す。
ルダクとエルク率いる隊がスーバを立ち、既に陣を敷いていたラザンと合流する。
そうして始まった戦いは、シノレから見て実に胸糞悪いものだった。




