教主の思惑
教主が己の再従妹イウディアとの縁談をリゼルドに持ちかけたという噂は、瞬く間に聖都を駆け巡った。
ウィリスを通して指定された時刻通り、リゼルドは徐ろに座所の館を訪れた。
「おはよう来たよ~、今日は晴れそうだねえ、レイノス様」
「……ああ、リゼルド。おはようございます。今日も元気そうですね」
リゼルドを迎えた教主は、束の間瞬きをする。
時間通りに来るなどとはあまり期待していなかったので、少し驚いた。
だがその訳はすぐに判明する。
「いやあ参ったよ。縁談のことで母上が大騒ぎしちゃってさあ~。
まだ婚約者も決まりきっていないのに、妾がどうとか家格がどうとか、気が早いよねえ」
それに辟易して出てきたらしい。リゼルドの顔には苦笑が浮かんでいた。
ワーレン家が縁談を持ちかけた影響で、聖都の諍いはぱたりと止んだ。
誰もが様子見に回り、息を潜めて教主の動向を窺っている状態だ。
ここ最近立て続けに聖都に嵐を巻き起こしている教主は、それに不似合いなほど静かに笑った。
「それは意外ですね。リシカはてっきり、妾というものを毛嫌いしていると思っていましたが」
「あ~、言われてみれば確かに。
……でも多分、憎いのは妾そのものじゃないと思うよ。
ワーレン家のご令嬢なんだからある程度覚悟はあっただろうし……ああなるまでには色んな経緯があったわけで。
けどだからって、僕にはまだ早いよねえ」
「そうですか。ですが、良い話もあるのではありませんか。
会ってみれば気に入る相手も見つかるかもしれませんよ」
するとリゼルドは笑みを消し、珍しくげっそりした顔をする。
「いや結婚とかしたくない。
まして複数妻とか考えただけで面倒くさいよ、どうしてくれんのこれ」
「そうは言っても結婚しないわけにはいかないでしょう、使徒家の当主なのですから。
立場というものがあります」
「レイノス様に言われたくないんだけど~!?
そっちだって未だに許嫁の一人もいないでしょ!
先代猊下だって結局終生独身だったしさあ、ワーレンだけ狡いんじゃないの~?」
「先代は奇矯な人でしたからね。あの人が特例なんですよ」




