華燭の典
月が切り替わり、更に十日が経った。
その間、聖者とセヴレイル家の距離は一層縮まっていっていた。
シノレは毎回それに付き添うわけではないが、ここ数回は挨拶くらいはさせて貰えるようになった。
これは結構意外だった。
今回の行事はレイグの義妹――妻の妹に当たる女性の華燭の典――つまりは結婚式だ。
慶事に相応しい澄み切った空の下で、笑い合う新郎新婦の顔も晴れやかなものだった。
「――二人とも、おめでとう」
「レイグ様、そう仰って頂けて嬉しいです。
レイグ様には大変お世話になりまして、御恩に報いるため今後一層励んでいきたいと思います」
「私も彼と同じ気持ちです。
……そればかりか、聖者様が本当に来て下さるなんて!
義兄様、ありがとうございます」
「……お二人共、本日は誠におめでとうございます。
お二人の門出に、恵みと祝福が降り注ぎますよう」
聖者がそう言う。
聖者はどこに行ってもそこそこ歓迎されていたが、人前に出ることが負担になるらしく、連日の行事の出席でやや精彩を欠いていた。
そんな姿を見続けて、シノレは数日前にこう聞いてみた。
「……見られるのが、苦痛なの?」
見ていてそんな気がしたというだけだ。
何気なく聞いたことだったが、聖者はそれにやや目を見張った。
この聖者は日頃、大きく表情を動かすことは無いが、よく見ているとその感情は割と分かりやすい。
「苦痛というか……やはり、消耗はします。どうしても」
それはそうだろうな、と思った。
一見は普段通り涼しげにしているように見えたが、流石にこうも連日では降り積もるものもあるのだろう。
「出席、減らしたら?
行かなくても、すぐにどうこうなるものでもないんでしょう?」
「この時期、レイグ様のお誘いを断るわけにはいきません。
あの方には貴方のことをお願いしなければなりませんから」
「…………」
きっぱりと言い切る顔に、気遣いや反論は求められていないと分かった。
そもそも自分が聖者を心配するのも、何だか妙な話だ。
シノレもそれ以上食い下がることはせず、その話題は終わった。
聖都の様子は相変わらずだ。
誰もが口々に祝福を述べ、華やかに賑わっている。
シノレは彼らがどこの誰かなどほぼ分からないものの、多分ヴェンリル家の者だけはいないのだろう。
聖都の至る所で、未だに啀み合いは続いている。
シノレも今日までに何度も、騒動や小競り合いを目にした。
だが何だ、何と言うか、こう言っては何だが――
(つくづく、平和な諍いだなあ……)
そう思わずにいられない。
故郷では他者と争うとなれば、下っ端の代理戦争でも何でも命を懸けるのが当然だった。
敵対はそのまま殺し合いと直結する。
故郷を思うと、殺気もなければ刃物の光もない聖都の光景は長閑ですらある。




