ヴェンリル家の別宅
ヴェンリル家の離れを与えられた彼女たち母子は、日常の一挙一動を見張られ、報告されている。
常に静まり返った屋敷内で、使用人が噂話に興じることもなく、彼女たちの耳に入ってくる情報は極端に偏ったものであった。
不安げな妹と疲労困憊した母に聞かせたい話ではなかったが、促されてラーデンは口を開く。
「――そうだったの……」
今リゼルドがセヴレイル家に睨まれていること、それ故に聖都での立場が悪化していること、一部始終を聞いたレアナは項垂れた。
その様が意外で問いかける。
「ローゼ嬢は帰っていないのか。
友人があのようなことになったのだから、流石に帰ってきているかと思ったが」
「いいえ。お姉様はもうずっと屋敷にも帰ってこられないし、変わらず御友人のところへ入り浸っているようで。
話すことも殆どないし、御友人の一人がそんなことになっていたのも知らなかったわ」
「あの人は、またか……」
ラーデンが嘆息するのに合わせて、レアナも目を伏せる。
思い浮かべるのは真紅の薔薇を思わせるような、美しい姉の姿だ。
この聖都の住人、そして使徒家には元から美しい造作の者が多いが、中でもあの姉は突出した容姿の持ち主だ。
しかし美貌にそぐわず、素行の方はあまり宜しくなかった。
引きも切らない男友達と昼夜問わず遊び回り、他家の教徒たちには眉を顰められている。
その度に火の粉がかかってくる彼らにとっては良い迷惑だが、憎み切ることも難しかった。
これまでにあった数々の事件。
彼女の境遇を思えば、ヴェンリルの屋敷に一秒とていたくないと思うのは当然だ。
気の毒な人だとは思う。
だが、それに気を揉むほどの余裕がないことも事実だ。
過去の経緯から、ヴェンリルの女主人は夫の妾とその子どもたちに対して、凄まじい敵愾心を抱いている。
様々な事情が交錯して育まれたそれは紛れもない憎悪であり、殺意ですらあった。
危険因子でしかない庶子など排斥すべしと事あるごとに声高に主張しているというのに、当主自身は一向に腹違いの兄姉たちを手放そうとしない。
それ故の板挟みであり、殊に彼らの母親への負担は壮絶なものであった。
「…………そう……」
「母上。すみません、お疲れのところこのような話を」
「……話して下さってありがとう。
でも、もうやめましょう、こういう話は。
兄様は、ここにいつまでいられる?
お食事はご一緒できるかしら」
眉を顰め、呼吸を浅くした母親にラーデンはそう詫びる。
そこに、空気を切り替えようとレアナは微笑みかけた。




