嵐の茶会
レアナはその日、昨夜から中々引かない頭痛に悩まされていた。
昨日浴びせられた凄まじい金切り声が、未だ耳に反響している気がする。
薬を貰おうと廊下に出て、何気なく窓に目を向けたところ、屋敷に歩いてくる人影を認めて目を見開いた。
慌てて階下に降り、玄関先まで迎えに行く。
「兄様……!お戻りになるならば、前もって伝えて下されば良いのに……」
「近いからな、直接来た。
それよりどうした、妙に疲れているようだが」
「そ、それは。
実は昨日、奥方様に呼び出しを受けて……」
元々彼女たち母子は定期的に本邸に出頭する義務がある。
その際奥方の機嫌が大層悪いのも、難癖をつけられるのもいつものことだ。
だが、昨日の呼び出しは最初からして不穏だった。
いつもは殺気立った憎々しげな視線しか向けてこない奥方が、異様ににこやかだったのだ。
もうこの時点でレアナはその日のうちの帰宅を諦めた。
これまでの経緯から、こういう時の奥方は笑顔の裏で激怒していると知っていたのである。
茶会の支度が整えられた優雅で贅沢な卓を挟んで、暫し薄氷を踏むような時間を過ごした。
不意に、何の前触れもなく、瀟洒なティーカップが床に叩きつけられ、そこからは罵声の嵐だった。
奥方が言うには、何故か母が、リゼルドが当主となることへ不満を漏らしたことになっているらしい。
母本人にもレアナにも、全く身に覚えのないことだった。
しかし口答えできるはずもなく、降り注ぐ罵声を只管耐えるしかなかった。
当事者でないレアナでさえ心を削られたのだ、矢面に立った母の負担は如何程のものだったか。
そうして嵐のような悪罵をやり過ごし、朝方どうにか帰ってきたところだった。
自分はまだ良いが、母は精根尽き果てて休んでいる。
そんな中帰ってきてくれた兄と手早く近況報告し合い、母の部屋へ向かう。
「……まあ、ラーデン。お帰りなさい……」
臥せっていた母は子どもたちの声に瞼を震わせ、顔を向けた。
血の気のない白い顔は未だ美しい。
それでも、先代当主の妾としてヴェンリル家に入り、以降苦労し続けてきた故の窶れは隠しようもない。
起き上がろうとした母を「どうかそのままで」と制し、兄妹は枕元に座った。
「只今戻りました。またお痩せになったのではありませんか?」
「……私は大丈夫です。そちらこそ、無理はしていませんか?
体が第一なのですから、くれぐれもお気をつけなさい」
「ご心配なく、母上」
挨拶を終えるのを待ちかねたように、レアナが口を挟んできた。
「ねえ兄様、何があったの。
最近は本邸の方がやけに騒がしいわ。
人の出入りも、いつもと様子が違うし……呼び出された時も、何だか変だったの」
「……何も聞いていないのか?」
「奥方様のお言葉は、その、はっきり意味が取れないことも多くて……」
けれど幾つか妙なことも聞こえてきて、それがずっと気になっていた。
この静かすぎる離れには、情報は殆ど入ってこない。
けれど何か、だいそれたことが気づかない内に起こっている気がした。




