喪服の貴婦人
「未だ結果の一つも出せないとは、大の男が揃いも揃って何をしているのですっ!!
早くあの阿婆擦れ娘を引き摺ってでもここに連れて来なさいっっっ!!」
絢爛豪華な部屋で喪服の貴婦人は、喉も裂けよとばかりにそう叫んだ。
壁際には目を伏せ、息を殺した使用人たちが控えている。
報告をしていた使用人は無表情のまま
「承知致しました、奥様。そのように伝えます」と告げ、退出していった。
リシカ=ヴェンリルはそれを見送ることすらせず、苛々と周囲を歩き回る。
整った唇はしかし酷く歪んでおり、そこから呪詛めいた声が流れ出す。
「セヴレイルの不心得者ども……
よくも、よくも舐めた真似をしてくれたものだわ。
こともあろうにこの私の息子を陥れようなどと、ワーレン家を軽んじるも同然だと分からないのか……!!」
腸が煮えくり返る。
彼女の息子を貶めることは彼女を貶めることだ。
リシカにとってこれ以上の屈辱はない。
恩知らずの没落貴族どもが、一体誰のお陰で野垂れ死にせず、今日まで名家の体裁を保って来られたと思っている。
誰のお陰で、今も聖都で安穏と過ごせていると思っているのだ。
元々セヴレイル家は嫌いだった。
表向きは唯々諾々とした素振りを見せ、腹の底では見下して舌を出す、あそこはそういう家系なのだ。
「…………」
飾られていた花瓶が目に止まる。
大輪の薔薇が無性に目障りだったので、花瓶ごと床に叩き落として踏み潰した。
派手な音が鳴り響き、床に投げ出された花々を念入りに踏み躙る。
一つ残らず棘を落とされた花は、ただリシカのなすがままだ。
ああ。何故毎度毎度、息子ばかりが犠牲になってしまうのか。
ただでさえ卑賤で悪辣で醜悪な庶子どもに虐げられている有り様なのに。
そんな息子が大事にしたくはない、それで向こうの気が済むのなら構わないとそう言うから。
だからあまり派手に抗議することは控えてきたが、それももう限界だ。
あんなに健気で良い子はいないというのに、あの子の周りは敵だらけだ。
あの子を脅かす連中を一人残らず駆逐できるのなら自分は何でもするというのに――
「……っ!!」
極度の感情の高ぶりに顔が青褪める。
優し過ぎるあまり悪人どもにつけ込まれて破滅していく息子の姿を思い浮かべ、リシカは気絶しそうになった。
実際のところそんなリゼルドは彼女の脳内にしか存在しないのだが――意識を保つため、ぎりぎりと歯を噛み締める。
花が濃密な香りを放ちながら潰れていき、無惨な姿の花弁が足元から零れる。
部屋の空気はいよいよ殺気立ったものとなっていき、使用人たちの顔色も比例して白くなっていく。
挙げ句に、よりによって、あの女の娘の不品行のせいで事態が悪化するなど到底許せることではない。
もう何年も前に死んだ夫の妾の、忌々しい顔をリシカは思い出す。
それはローゼに良く似ていた。全く、何と言う因果だろうか。
あの女は死して尚この家に留まり、使徒家を、そして彼女の最愛の息子を害そうとしているのだ。
あの毒鼠ども、どれだけ息子の足を引っ張れば気が済むのだ。
娼婦同然の下女どもが女の武器で夫に取り入って、使徒家の一員面をしているというだけでも虫酸が走ると言うのに、その子どもたちまでもが彼女と彼女の息子に害をなす。
あんな者たちがこの聖都の空気を吸っていることすら悍ましい。
今度のことは忌々しいが良い機会でもある、どこぞの僻地の地下牢にでも飛ばして二度と陽の光を拝めないようにしてやる。
これ以上家の恥晒しをのさばらせるものか――それはリシカの女主人としての責務でもある。




