異母兄の憎悪
沈黙は一瞬にも満たなかった。
すぐに跪き、頭を下げる。
顔が見えないのはつまらないので、爪先で上向かせた。
「何でしょうか、当主様」
「ローゼとはどう?最近会ってる?」
「……姉とは会っておりません」
「はは、そうなんだ。
三年ぶりなんだし、会っておいた方が良いと思うよ。
次生きて会えるかも分からないんだしね?」
元の気性は激しい方ということもあり、ルークの顔はいつもの無表情に罅が入りつつあった。
目の中で激情がちらちらと、熾火のように揺れている。
「叙階の後の宴にも来ていたんだって?
生憎僕は会わなかったんだけど、相変わらずお盛んみたいだね。
僕のところにも聞こえてきたよ。
母娘揃って女郎さながらの毒婦だとか……
怖い怖い、その内毒盛られたらどうしよう?」
「…………っ!!」
遂に彼は、リゼルドを睨みつけた。
ぎしりと歯の鳴る音が僅かに聞こえる。
拳が白くなるほどに握り締められ、憤懣と屈辱に燃え立たんばかりの姿だった。
これだ、とリゼルドは思う。
レイグと三年越しにやり合い、果てには追い込まれた状況ではあるが、リゼルドはそれほど悲観してはいなかった。
寧ろ逆だ。
主君が敷いた道筋を着実に辿っているという実感があればこそ、退屈で仕方がない。
実のところ、リゼルドは誰とも戦ってなどいないのだ。
過程になど意味はない。
途中の展開がどうあろうが、全ては教主の一存で決する。
この教団はそのようにできている。
結局雌雄を決し得るのは、聖都を統べる教主の裁可だけなのだ。
彼が望む結果を得るための、これも必要な通過点であろう。
だがそれとは別に、このままではリゼルドの忍耐が保たない。
不可視の蜘蛛の糸のような不自由さ。
真綿で締めるような婉曲な悪意。
眠いのだ。
眠くて堪らないのだ。
血を分けたこの男の無様で惨めな姿を、憎悪に燃える顔を見ないことには紛らわせそうもない。
「最近は、メラン家のデールって奴にご執心なんだって。
逢引してたって話が何度も聞こえてきたよ。
屋敷にも帰ってこないって、どうなのそれ~。
教徒は貞操を守るのが規範なのに。
弟として諌めてあげた方が良いんじゃないの?」
「……ご忠告感謝します、当主様。
メラン家と言うと、セヴレイルの傘下であったと記憶していますが」
「あは、そうだったんだ?忘れてた。
まあそれはそれとしてさあ、恥晒しなんだよお前たち。
まあ生まれた時からそうだし、今更なんだけどね?」
押し殺した声で意を述べる、その目の奥で憎悪の火が揺れる。
それを覗き込んで、リゼルドは満足げに笑った。
目が覚め、思考が活性化していく。
この状況の中で自分が何を思うか、考えるか、行うか。
教主は当然想定しているだろう。
そのはずだ。そうでなければならない。
そう信じればこそ、彼は教主の下で戦うのだ。
だからリゼルドは、兄に悪意を吹き込んだ。
「……お前に何人か貸してあげる。
挨拶、しておいで。聖都の教徒たちに」




