セヴレイルの使命
「聖都の動乱は、教団の乱れに繋がりましょう。
……どのような形であれ教徒が傷つくのは痛ましく、嘆かわしいことです。
レイグ様におかれましては、どのようにお考えですか」
着席から幾つかの雑談を挟んだ後、その時はやって来た。
聖者のその問いかけに、レイグは僅かに笑みを揺らす。
ここまで沈黙してきた教主がとうとう、聖者を通して釘を刺しに来たというところだろう。
「何と憐れみ深い。それでこそ聖者様です」
と微笑みながら、一度茶を口にして間をもたせる。
「聖者様。我が家の由来についてはご存知でしょうね」
「……ええ、勿論です」
やや戸惑ったような聖者に、そう言えば子孫としての見解を語ったことはないと気づいた。
無論知識として概要は知っているだろうが、子孫に伝わる意識はそれとはまた別だ。
「……我が祖は騎士団の貴族、大公家にすら連なります。
彼は二百年前の政治闘争によって失脚しました。
身内に裏切られ、全てを奪われて住処を追われたのです」
全てを失い放浪し、生きながら怨霊と化しつつあった先祖を救ったのが教祖である。
教祖ワーレンに導かれ、使徒として新たな生を得た彼は、教団の拡大のために尽力した。
その子孫たるセヴレイルには代々受け継がれる使命がある。
即ち一族の名誉の回復、祖先を貶めた裏切り者どもへの制裁――奪われたかつての故郷、サフォリアの奪還である。
「卑劣な簒奪でもって我が祖を追い立てた汚らしい裏切り者が、今も我が物顔で我らの故郷を統べているのです。
ロスフィークをご存知ですか」
「サフォリアから見て、西側に位置する騎士団の都市と聞いております。
……多神教を奉じるマディス教の教徒たちの聖地であり、拠点にもなっているとか」
「ええ、異教徒どもなど汚物とそう変わりはありませんが、今はそこは肝要ではありません。
問題はロスフィークが、サフォリアの裏切り者どもと反目し合っていたことです」
「……ロスフィークは確か、ロンドと協調関係を結んでいましたね。
それ故に、でしょうか」
「仰る通りです。あの時期に、ロンドに倒れられるわけにはいかなかった。
ですから私は停戦命令を発しました。
サフォリアを弱らせるために、必要と判断したからです。
それまでに払った犠牲がどうのと言われても、それは彼らが力不足だっただけでしょう。
……結果はあのようなものとなりましたが、猊下もお分かり下さっているはず。
先だって、妹のエレミアにお声を掛けて下さったことが何よりの証拠です」
大公に連なる権門ともあろう家が、教団を栄えさせるためワーレンに付き従い尽くしてきたのだから。
だから彼は、彼の家は尊重されて然るべきだ。
悲願の成就に必要な犠牲ならば容認されるべきであり、当然そうでなければならない。
だからこそ、と彼は真摯なほどの目で聖者を見つめ、心から案じるように声を掛けた。
「聖者様、あのような者のことをお考えになってはなりません。
尊き身の汚れとなります。
ああいう者は外に置き、害獣を片付ける始末屋として扱うが正しいのです」
実際、そこだけ聞けば一理あると言えなくもなかった。
リゼルドも聖都の中での揉め事などは真っ平、楽しい戦場が与えられるのならそれでいいという考えである。
聖都の勢力圏や教団内部の派閥争いなど知ったことではない。
その点では彼らの利害は一致していたのだが、実際には両者の意識には果てしないほど深い溝があった。
貴族の者にとって、戦闘員などは同じ人間ではない。
往々にして益のために操って死なせる、ただの手駒でしかない。
まして楽団の傭兵などと表向き同格とされるだけでも、セヴレイルとしては身の毛がよだつ思いだった。
それは現当主たるレイグも同様だ。
敬虔なカドラスならばともかく、未だ楽団の汚泥に頭まで浸かっているようなヴェンリルなど視界に入れたくもない。
彼にとって、下の者が上の者のために戦い死ぬのは当然のことであった。
わざわざ伝えるまでも、諾を求めるまでもない。
そのためにどれだけの犠牲が出ようが知ったことではない。
重ねて言うが、それは当然のことなのだから。
卑しい者の存在意義は尊い者のために死ぬことなのだから。
それを正面から嘲罵されたのが、三年前の出来事であったのだ。




