聖者からの問いかけ
聖者の屋敷での食事は静かで簡潔なものだった。
給仕は一人か二人だけで、配膳を済ませればすぐに下がる。
以後は人目がないので気楽なものだ。
日当たりの良い南側に設えられた食堂で、シノレは大抵一人か、時間が合えば聖者と二人で食事を摂ることになる。
聖者の前に置かれた食事は、いつもと変わらぬ内容だった。
殆ど具のない、三口も啜ればなくなりそうなスープ。
親指ほどのパンの欠片。一杯の茶。それだけだ。
朝昼晩、常にそれだけだ。
薄く少ない食事だから、ゆっくりと食べていても然程時間はかからない。
食事を終えた聖者は退室するか、ぼんやりと物思いに耽るか、稀にもう一杯茶を含みながらシノレと過ごす。
そうなってから、食事に何かが盛られることはぱたりと無くなった。
いつもは食堂での時間は静かなものだが、今日は何か話があるようだった。
「シノレ。忌憚なきところを聞かせて下さい。
……レイグ様とリゼルド様について、どのように思っていますか?」
その日の朝餉の席で、聖者はそう問いかけた。
聖者と差し向かいの食事に始めは緊張していたが、今はもう慣れてしまった。
食べていた鳥の香草焼きを飲み込んでから聞き返す。
「そう聞くってことは、他に候補がないわけだ」
「ええ。他の家の方々は関与を避ける方針のようです。
私も何かと働きかけては見たのですが……」
聖者は無念そうに小さく嘆息するが、賢明な判断であろうと思う。
わざわざ火中の栗など拾うものではない。
少なくとも自分なら関わりたくないので、恨むつもりも嘆くつもりも起きない。
「……こうなってしまっては、これまでのように私だけの勇者として居続けることはできないのです。
良くも悪くも、教団における貴方の立場が確立する。
この数日で察しているでしょうが、私たちだけの問題ではなくなっています」
「そうだね」と相槌を打ち、ナグナの元に訪れた少女や、市街で見かけた人々の様子を思い出す。
事の発端となったリゼルドの叙階と宴から、既に一月が経った。
そんなシノレを見て何を思ったか、聖者は目を伏せる。
「この件における最終判断は貴方に任せます。
リゼルド様を選び、戦場に赴き……真実自由を得るのだとしても。
私はそれを止められません。
その資格がないと分かっています」
話す内に語調はゆっくりと重くなり、聖者の顔色も悪くなっていった。
一度言葉を切り、息を整える。
「もう、勝手に貴方の行く末を決めたくない。ですから……」
「……ああもう、分かったから。聖者様の気持ちは」
辛気臭すぎる空気に耐えられなくなり、シノレは先に音を上げた。
持っていた食器で乱暴に肉を刺す。
「……あの時は、色々限界で。
僕も言い方が強かったと思うし、そんな風に気に病んで欲しかったわけじゃない。
変に悩ませたならごめん」
「そんな、シノレが謝ることでは」
「切りが無くなりそうだから食事に戻って良い?
ていうかもっと食べて力つけたら、今日はセヴレイルに会うんでしょ?」
半ば無理矢理話題を切り上げ、食事を再開する。
そんなシノレを、聖者は戸惑ったように見つめていた。




