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#4えんじてみる!(下)

「敦也くんの演技が迫真過ぎる……恐ろしい子!!」


「……というかあの子のご家庭どうなってるのかしら。お昼寝の時間もずっと魘されてたし」


「これが現代の……闇!!」



♪ ♪ ♪



 さりとて、おままごとは続く。

 のだが、今度はシチュエーションの変更があった。


「かわいーでちゅねー」


 赤子が生まれたのだ。

 光莉は赤ちゃんの人形をよしよしとあやしている。

 しかし子供のいるパパというのは往々にして(以下略)。

 どうする。どうすれば良い?

 自分のロールプレイでは光莉を満足させる事は出来ない。どうすれば――


「あつやずっとおままごとしてて、おんなみてー」


「きもちわるー」


 そんな中、園児の中からそんな声が聞こえた。

 何を馬鹿なことを。おままごとは簡単なように見えてこんなにも奥深く難しいというのに。型に沿ったロールプレイをしながらカスタマーの意に沿うように行動を修正し反映する必要がある。正しく、PDCAサイクルが重要になる遊戯。それを気持ち悪いと一言で切って捨てるのは短慮が過ぎる。大体、それを言ってしまえば極論クレーム対応だってロールプレイ。おままごとみたいなものだ。


「それにずっとくっついてるし、ふーふじゃんか」


「やーい、ふうふうふうふ」


 私がそんな風に思いながら黙していると……一方の彼女は、顔を赤くして泣きそうになっていた。

 ……私としたことが、失念していた。この幼い悪意の対象は私だけじゃないのだ。

 だとすれば、餓鬼とはいえど、容赦してはおけない。


「……撤回を要求します」


「は?」


「夫婦とは、一生を支えあうというパートナーシップの元に成立する、尊い関係性。私はそう信仰しています」


 実際のところ、下半身が先走っただとか、やれ早期に離婚だとか。そんな話は職場でしょっちゅう聞いた。だからそんなものは幻想に過ぎないと知っている。こんな信仰を抱いているから一度として女性と交わりどころか付き合いすらしたことのないまま一人で寂しく死ぬんだ。

 分かっている。知っている。けれど、私はもう一つ知っている。


「光莉さんは、いつかアイドルになる人です。彼女を侮辱することは許さない」


 彼女は、必ずアイドルになる人間だ。こんな社会の最低辺をうろつくような人間と夫婦になるだなんて、そんなこと。彼女への侮辱と何が違う。


「あっくん……」


「うるさい!!」


 すると、園児が手を振り上げてきた。私はそれを振り遅される前に掴む。


「知ってますか、事故死した人間って――物故者って言うんですよ」


「わー!! わー!!」


「……あんまり下手なことするなら――物故ぶっころすぞ、お前」


 なんて、本物の物故者による物故ジョーク。お気に召しただろうか。

 そんな事を思っていると、何やら足元が生暖かい。


「あ」


 よくよく見れば、室内だというのに水たまりが出来ている。で、その水源を辿ると件の園児の股間に行き着く訳で。


「……先生ぇぇ!! この子おもらししましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 早急な報告が必須な状況になってしまったのだった。



♪ ♪ ♪



 それから。一応の事の次第の報告を行って軽いお叱りを受けることとなった。

 よくよく考えなくとも私の中身は大人。園児の悪意程度に腹を立てるのは大人げないにもほどがある。ましてやこんなもの、園児の成長に必要な、言ってしまえばイニシエーションのようなものだ。人はこういう成功や失敗を通してコミュニケーションを身に着けるもの。ともすれば私の今回の行動は成長の機会を阻害しただけということになる。これは大人として恥ずべき行為だ。

 けれど、同時にこれで良かったのだ、とも思ってしまう。


「あっくん……」


「はい、どうしましたか」


「おひるは、ありがとうね」


「いえ、本件の私の対応はお世辞にも良いものだったとは言えません。少なくとも感謝されるものではないです」


「それでもだよ」


「……そうですか」


「だから、ぜったいになってみせるよ」


「?」


「わたし、ぜったいにアイドルになってみせる。だから」


 そこで、光莉は私の耳元に口を寄せて。そして囁くようにこう言った。


「まっててね、あっくん」


 平均体温の高い頃だから、だろうか。掛かる吐息はあったかいを通り越して熱い。

 そのせい、だろうか。


「? あっくん、おかおまっかだよ」


「光莉さんならアイドルになれると、そう確信した。それだけです」


 ああ、私は大人で、社会の屑で、物故者なのに。

 どうしようもなく、キミの虜だ。

 きっとキミが物心つく頃には、私の事を疎ましく、気持ち悪く思うことだろう。

 けれど今は、今だけは。


 私は――僕は、キミに誑かされていたい。


 そう思う私は、きっとどうしようもなくイカれているのだろう。


「もうそろそろ消灯の時間です。それでは、お休みなさい。光莉さん」


「うん!! おやすみあっくん」

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