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#3えんじてみる!(上)

 幼稚園生になって、私は……周囲の園児から、蛇蝎のように嫌われた。


「ちくりマンがきたぞー!!」


 全く、失礼な輩だ。挨拶の徹底、喧嘩の仲裁、上司への報告。何も私に非はないというのに。

 いや、そう考えるのは私の傲慢か。しかし上司への報告は密に行われるべきだ。そうでなくてはならない。この徹底が出来ない部署は例外なくクソだし、報告書の作成でただでさえ少ない作業時間がさらに削られる。ソースは私。

 徹底力。徹底力向上。ああ、何度このフレーズを書いたっけ……。というか、徹底徹底って何度も書いてるあたり実際には徹底されてない、というのはご愛敬。現に私はそれで死んだのだし。そろそろ徹底のゲシュタルト崩壊が起きそうだ。この話はここでやめよう。

 まぁそんなこんな鼻つまみ者な訳だが、これでも大人からの評価はそこそこだと自負している。

 事あるごとに報告書や改善提案書の提出は欠かさない。対応も大きく間違えた事案はないと記憶しているし、暴力沙汰は皆無。割と良い感じなではないか。……まぁ同じ園児から嫌われているせいで人望が皆無なのが足を引っ張っているのだが。


「先生、おはようございます。本日もよろしくおねがいします」


「おはようございます。挨拶が出来て偉いですね」


「当然です。挨拶のできない人間に仕事は任せられませんから」


「あはは……敦也君は相変わらずねぇ」


 挨拶が出来れば仕事も出来る、とは誰の言だったか。元が何処かは忘れたが、少なくとも挨拶の出来ない奴が仕事が出来た試しがない。いつかどこかで軋轢を産み、勝手に辞めていくのを何度も見送った。

 ……そこに、少しの羨望があったことは否定出来ないが。

 それはさて置き。


「それに、本日はお泊まり会。より一層の注意を払わなければいけないですから。……注意不足、確認不足で事故なんか起こったら、大事です」


「その通り。偉いわね敦也君は。……それ、本来は園長が言うような台詞なのだけれど」


「何か言いましたか?」


「いえ、今日も宜しくお願いしますね。敦也君」


「ええ、よろしくお願いします」


 そんなこんな挨拶を済ませていると、「あつやくーん!」と聞き慣れた声が聞こえた。


「あっくん、おいていかないでよ!!」


 そう、私の見つけた希望の光こと光莉である。


「すみません。早めに確認作業をしたかったのでつい……」


「かくにんさぎょー?」


 小首を傾げる彼女は今日も今日とて愛らしい。

 思わずその場で傅きたくなる程に。


「……いえ、なんでもありません。では、教室に入りましょうか、光莉さん」


 しかし私は大人だ。そんな内心を漏らすような愚は犯さない。


「あっくん、かくにんさぎょーってなぁに?」


「安全の為に、必要な作業です」


 ……やる必要がないと言うのに朝一に指差し確認を行わずにはいられない。この性分は自分でもどうかしていると思う。そもそも何を確認するのかも分からないし、知らないのに。

 だから、私はきっとそういう生態を持つ生き物になってしまったのだろう。

 教室前で指差し確認をする私を、光莉は何処か不思議そうな顔で見つめていた。



 お泊まり会とは言っても日常と大した違いはない。強いて言えば踊ったり身体を動かしたりする系の比率が高くなる位か。あとは昼寝の時間が長く取られたりとかか。

 園児を見るに初めてのお泊まりにワクワクするもの三割。お家に帰れないので不安なものが七割、と言ったところだろうか。

 かくいう私もどちらかと言うと不安なタイプだ。家に帰れない。そこから連想されるのは当然残業。それも家に帰れないレベルになると報告書の範疇で収まるか怪しいレベルの失態が起きた時だ。当然、長時間のサビ残案件だ。それだけでもトラウマものなのに、車中泊からの朝食昼食抜きで翌日の作業とくればもう……まぁ、私の中の食事といえばシリアルとカップ麺を指すので栄養もクソもないが。

 それでも腹に何も入れずに作業するのは厳しいものだ。……そう考えたら私が死んだのも当然と言えば当然だったのかもしれない。


「あっくん、どうしたの?」


「家に帰れない不安について考えてました」


 正確にはそこから連想される事故やら失態やらサビ残の事を考えていたのだが、そこの解像度を高める必要性はあるまい。


「そうなの? わたしはたのしいよ?」


「それは……羨ましい限りです」


「だってあっくんといっしょだもん!!」


「過分な評価頂き、ありがとう存じます」


「でもあっくんのいってることってむずかしー!! なにその『ぞんじます』って」


「これを入れると、なんか良い感じになります」


「そーなの? そーだとぞんじます?」


 使い方としては、どうなのだろう。

 自分でも知らないうちにこうなっていたから分からない。これが、進化というやつだろうか。


「それよりあっくん、おままごとしよっ!!」


「承知しました。私は何の役をすれば?」


「わたしがママでー、あっくんはパパ!!」


「承知しました。全力でパパを務めさせて頂きます」


 おままごと……前世でやった記憶はほとんどないが、思うにこれはロールプレイ。エチュードの一環だろう。

 とすれば、パパというものの想定から入るべきだ。その方がよりパパというロールに没入出来る筈。

 パパ……パパ。同期でパパになった奴はどいつもこいつも軽薄そうな輩ばかりだ。己が欲望に忠実で非常に猥褻。だが……それを園児レベルにまで落とし込むのは、至難だ。

 仕方がない、ここは前世の私をベースに父親になったらという想定でやってみよう。


「……ただいま」


「おかえりなさい!! ごはんつくったよ!!」


「ありがとう。……ごめん、ごめんな、こんな時間まで待たせて」


「うん? ……ううん!! だいじょーぶだよ!! それで、あしたはどこにいく? いっしょにゆうえんちいこ?」


「ごめん……明日は出勤になったんだ。部下が、搬入作業でミスして納入予定の機材破損させちゃって。お客さんに謝罪に行ったけど取り合ってくれなくて……」


 ここで、肩を震わせながら、涙を流す。


「担当した奴に反省文、書かせたんだ。そうしたら、そいつ全然文章ダメで、内容の殆ど修正しないといけなくて。……明日の朝一で修正した反省文を上に提出して……」


「あっくん!? だいじょうぶ!?」


「? どうかしましたか?」


「いま、ないてたよね!?」


「ええ、パパを演じるのでしょう?」


「なんか、なんか、おもってるのとちがーう!!」


 違ったらしい。やはり体験したことのないパパという役職は私には難しかったようだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろすぎww なんか妙にリアルな転生感があるというか、なんというか。 ままごとで演じるパパのセリフが哀愁漂いまくってて、思わず噴いてしまったw
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