#1キミは光
転生、という言葉を聞いたことがあるだろうか。まぁ昨今のサブカルチャー市場を見るにその意味するところを知らない人はあまりいないと思われる。
転生。それすなわち生まれ変わり。元を辿れば確か、インドの宗教観に端をはしっていたような。そうでなかったような。……宗教学に詳しくないからその辺の知識はおざなりだが。そこまで外れてはいないだろう。
さて、なぜ今私がこんなことを思考しているのか。なぜ序文にも関わらず挿入されてしかるべき私の自己紹介が挿入されていないのか。賢明な諸君ならばもうお察しのことだろうと思う。
つまりそういうことだ。
……いや、現実逃避は止そう。私はどうやら、誰とも分からぬ赤子に転生してしまったようなのだ。
♪ ♪ ♪
さて、遅れたが自己紹介をしなければなるまい。といっても今世ではなく前世の、という枕詞が付くのだが。
私の名前は……いや、これはこの際特に重要ではないか。特筆すべき点が一切ない、凡庸な名だ。
性別は残念ながら男。享年は二十八歳。死因は……事故だ。フォークリフト運転時に疲労から操作を誤り転倒。ヘルメットやシートベルト無して運転していたため外に放り出されて、そのまま落ちてきた荷物に潰されて圧死。と、いったところだろう。なんともあっけないというか、なんというか。……我が職場に安全管理の四文字は、無かった。
まぁ、そんなところだ。つまらなく、凡庸も凡庸。けれど負債だけは多い人生。こういうのをプロスペクト理論というのだったか。不幸や不運ばかりが目立つ、そんな人生だった。
だから今生こそは……だなんて、奮起出来る筈もなく。
「……」
「この子、凄く静かね……手がかからないのは嬉しいけど、大丈夫なのかしら」
ただ、堕落に身を任せる。
努力は報われない事を知っている。願いは叶わないことは分かりきっている。
どれだけ頑張っても結局は薄給で、ゴミのように使いつぶされて死ぬ。
朝はシリアルを搔っ込んで、昼は安くてグラム数の多いカップ焼きそば。夕飯は適当な弁当。いや、弁当買う気力が残っている日がどれだけあったか。サービス残業という労働基準法違反は当然。労基署に駆け込もうと思った時には既に疲労困憊。思考すらままならない有様になっていた。
日に日に痩せこけていく体。仕事を進めれば進めるほど増えていく仕事とミステイク。書いた始末書の数なんてもう考えたくもない。上司からの嘲罵の声が脳内にリフレインして眠れない夜なんて何度あったか。
……ああ、これが、私に課せられた罰なのか。あの苦しみを、もう一度感じろと、そう言うのか。
そんなの、あんまりじゃあないか。
……あんまりじゃあ、ないか。
「あ、泣いてる!? おーよしよし、どうしたの。お腹すいたの?」
「泣いてる時も静かだなぁ……」
もう、勘弁して欲しかった。
死ですら救済になり得ないことを知ってしまった私は、齢零歳にして人生に絶望しきっていた。
♪ ♪ ♪
時が経ち、私は幼稚園児になった。
「ほーら、入園の写真撮るんだから笑って笑って」
「敦也はいつも仏頂面だなぁ。一体誰に似たんだ?」
今生の両親にそういわれて鏡を見る。
そこには、背の低い不愛想な子供がいた。女の子のような顔のつくりをしているが、睡眠時間が足りていないせいか目の下にはクッキリとクマが浮かんでおり、なんだかこの年にしてやさぐれた雰囲気が漂ってしまっている。これが私――古部敦也の現在の姿だ。
小さな両の手で頬を引っ張ってみるが、悲しいかな顔の筋肉はまるで鉄でできているみたいで表情が変わることなんて一切ない。
「まぁ、仕方ないわよ。ずっとこうなんだし」
「……ごめん、なさい」
「いいのよ、気にしないで。さ、さっさと撮っちゃいましょ。パパお願い」
「あいよ、それじゃあ、ハイ、チーズ」
シャッターが切られる寸前。
意思に反して眼球が動いた。まるで、吸い込まれるみたいに。上流から下流に水が流れるように。ごくごく自然に。
次いで、それを目撃する。
それは女の子だった。同じ園児服を着た、女の子。前世ではペドでも、アリスでもロリの気もなかった、そのはずなのに。目が離せない。釘付けになってしまう。
「――あ」
こんな時に桜吹雪だなんて。そんなの出来すぎだろう。
けれど、その女の子は桜吹雪の中、唐突に振り向くと――私と、視線が交わった。
刹那、モノクロだった世界が、にわかに色付いた。
「桜吹雪、綺麗ね光莉……光莉?」
「なぁに、ママ?」
桜舞い散る春の日に、私は、光を見つけた。
「あ、敦也が、少し笑ってる」