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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

禁煙のきっかけ

作者: 埃宮真琴

「ねぇ、つかさ」

「どうしました?お嬢様」

「貴方、昔タバコを吸っていたわよね?」

「……そうでしたね」

「どうしてやめたの?」

「それは———」

「あーっ!またタバコ吸ってるーっ!」


仕事が一段落して休憩を貰い、ぼーっと外の風景を眺めながらのんびりしていると、後ろの方から少し高い声とこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

毎日のように聞いているからそれだけで誰なのかわかる声と、早歩きくらいの足音。


「お嬢様。なんでこちらに来てるんですか」


その声の主を無視するわけにもいかないので、問いかけつつ後ろを振り返る。


「つかさのこと探してたら、ここにいるって教えてもらったの!」


そう答えながら、金色の髪をマントのようにバサバサと広げながらこちらへ向かってくる少女。

僕の仕える主人の一人娘であるエリーネお嬢様の姿がそこにあった。


「……はぁー、そうですか」


お嬢様から視線を外し、タバコから口を放し、小さく吐き出す。

慣れたようで、いまだに慣れない。

そんな矛盾を含んだ気持ちと一緒に。


「ねぇつかさ。よく吸ってるけど、タバコっておいしいの?」


いつの間にか隣に来ていたお嬢様が、不思議そうに尋ねる。

きょとんとした勿忘草の瞳。

同じようで違っている。

そんな状況が僕を嘲笑うかのように佇んでいた。


「……子供にはわからない味ですよ」

「むぅ~、エリィはもう7才!子供じゃないもんっ!」

「……立派なお子様ですね」

「むーーーっ!!」


短くなったタバコを灰皿に押し付け、吐き捨てるように答える。

美味しいかどうかと言われれば、答えは『YES』であり『NO』でもある。

ニコチンがー、ドーパミンがーとか、色々頭が痛くなるような話もできるが、簡潔に説明するならやっぱり『大人の味』が一番しっくりくるだろう。

しかし、そんな曖昧な答えでは満足いかなかったようで、お嬢様は不満を漏らす。

いや、不満が溜まっていき、焼いたお餅のようになっていた。


「……はぁ」


そんなお嬢様から視線を外し、新しいタバコを箱から取り出して流れるようにタバコを吹かす――直前でお嬢様が隣にいることを思い出し、ライターをポケットにしまう。

……はぁ。どうやら今日はこれ以上吸えないらしい。


「エリィも吸う!1本ちょうだいっ!」

「無理ですね」


そんなことを考えていると、ひょこっと小さな掌が視界に映る。

わけがわからず小さな掌の主の方を向くと、お嬢様が不貞腐れた表情でそう言った。

……と頭が意味を理解すると同時に反射的に否定していた。


「お願い、つかさ!一生のお願い!……ダメ?」


しかし、お嬢様(この人)が簡単にあきらめないこともわかりきっていて。

勿忘草の瞳をうるうるさせながら、裾をぎゅっと掴まれる。

……また、漫画の受け売りかメイドたちの入れ知恵だろうか。

断りにくいったらありゃしない。


「……はぁ。なら渡しますけど、そしたら僕はここからいなくなりますね」

「ふぇっ、なんで?」

「主様にクビにされるか、警備隊に捕まるので」


けれども、いくら私情が許しそうになったとしても、世情は絶対に許してはくれない。

大人になったら『自由』と『権利』が貰えて、『責任』と『義務』が付きまとう。

あの頃と違って、無条件に守ってはもらえないのだ。

僕はもう、子供じゃないのだから。


「お父さまに、けいびたい?どうして?」

「これは……病気になりやすいからです」


半成人を超えたあたりの頃に、共学校で習った「飲酒と喫煙の危険性」のことを思い出しながら、わかりやすいようになるべく簡単に質問に答える。

あの頃、危険だからやめろって担任に習った『酒』と『タバコ』。

やめるどころかほとんど毎日……まぁ、さすがに『薬』はやってないけど。

……と過去を振り返っていると、お嬢様はどのくらい危険なものかわかったらしい。

元々真っ白な肌から、さらに血の気が引いたように見える。


「……病気になっちゃうの?」

「最悪、死にますね?」


淡々と、質問に答える。

生まれたものはいつか死ぬ。それが少し早まるだけ。

……なんて、当たり前だけど野暮なことは言わない。

お嬢様は僕とは違い、まだまだこれからなのだから。


「ひっ……。じゃ、じゃあ、いらないっ!」


ぶんぶんと首を横に振るお嬢様。

すこし前に流行った『六弦琴英雄』の主人公並みに振っていた。


「賢い判断、さすがお嬢様ですね」

「……そう?えへへ」


タバコがなくなり、手持ち無沙汰になった右手に愛用の手袋をはめなおし、震えるお嬢様の目線に合わせてしゃがむ。

においがしにくいものを選んでいるとはいえ心配なので、少し離れながらほかの使用人と同じように褒める。

それで機嫌を直したらしい。

お嬢様は誇らしげに薄い胸を張りながら、笑顔を浮かべていた。


「……って、それだと、つかさもやめないと!」


そろそろ時間か。

右手の腕時計を確認し、お嬢様を連れて戻ろうとすると、突然大きな声が上がる。

お嬢様は少し勘がいい。

……気づかなければいいものを。


「僕は良いんですよ。大人なんで」


これに関してはお嬢様の言うことが正しいので、うまい言い訳は思いつかず。

結果として、『大人だから』でいいくるめるしかなかった。

希望に満ち溢れた子供(キミ)には、僕の気持ちはわからないのだから。


「でも……」

「大丈夫ですって。それに僕の代わりなんてたくさんいますから」


それでもなかなか引き下がらないお嬢様を納得させるための言い訳を考える。

使用人は僕以外にもたくさんいる。

たまたま気に入られただけで、優秀どころか劣等である僕。

そんな僕の代わりなんてたくさんいるのだから。

そこまで言ってはっと気づく。

言わなくていいことまで言ってしまったと。


「……ダメっ!タバコはダメっ!」

「ちょっ」


その瞬間、いきなりお嬢様にタバコの箱を奪われる。

突然の行動に不意を突かれたものの、すぐに追いかける。


「返してください」

「……ダメったら、ダメなのっ!」

「……はぁ」


いくら足が速くても子供と大人の差は大きく、2,3分後には追い付く。

しゃがみこんだお嬢様に手を差し伸べるが、すぐに叩かれる。

まるで、保護されたばかりの動物のようだった。


「それなら、等価交換といきましょう」

「とうか……こうかん?」

「僕がタバコを止める(禁煙する)のと同じくらいの価値のものをお嬢様がくださるなら、考えますよ?」

「えぇっ!?エリィ、そんなのもってないよ……」


お嬢様を納得させるために譲歩案を出すふりをする。

突然の無理難題に困惑し、しょんぼりとするお嬢様。

我ながら、ひどいことをしている自覚はある。

でも、僕にはそれ以外に希望はないのだから。


「あっ!毎日のおやつのプリン……あげるっ!」

「僕、甘いもの苦手なんで」


可愛らしい提案。

けれども、ここでうなずくつもりなどなかった。


「うむむ……なら!」


その後も、色々なものを候補に挙げられる。

勘がよくても、子供は子供なのだ。

大人()とは考え方が違う。


「……お嬢様、じょ……」

「なら、エリィが大きくなって、おばあちゃんになってもずーっと一緒に居てあげる!」


流石に罪悪感がわいてきたので、『冗談だ』と言って終わりにしよう。

そう考えていた瞬間、小さくて薄い胸を張ってそう答えるお嬢様。

それは——


「……ぷっ、あはははは」


気づいたときには、僕の口から笑いがこぼれていた。


「なっ!どうして笑うのっ!」

「いや、すごいものだなぁと」

「そうでしょ!」

「ただ、残念ながら禁煙しなくても叶えられそうですね」

「うぬぬぬぬぬ……」


憤慨するお嬢様をたしなめつつ、感情を隠すために軽口を混ぜて話す。


「あ、そういえばお嬢様」

「……なに?」


話をすり替えるために、お嬢様に話しかける。

最大の提案が、不発に終わったお嬢様はふてくされていた。


「僕のこと探してたそうですが、何か御用でも?」

「あっ!そうだった!つかさ、いこっ!」

「なっ」


この状況になった原因のことを問いかける。

すると、ハッとした表情を浮かべて立ち上がり、左手を掴んで走り出すお嬢様。

その瞬間、手袋が外れそうになり、お嬢様の手を握って引き留める。


「つかさ?」

「……何のために?どこへですか?」

「んー、ナイショ!」

「……わかりましたよ。ついていけばいいんですね」

「うんっ!」


立ち止まったお嬢様に質問をしつつ、手袋を直す。

そんな心配はつゆ知らず、お嬢様はニコッと微笑んで元気よく答える。

その様子から、なんとなく察することができたので、素直についていくことにしたのだった。

「———残念ながら、もう年ですので忘れてしまいました」

「……何言ってるの。まだ30代じゃない」

「はははっ。そうでしたね」

「もう、しっかりしてよね」

「以後、気を付けます」

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