表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

藤色想い ~花の段

作者: 柴野弘志

 池に浮かぶような(あか)の映える鳳凰堂(ほうおうどう)を背景に、藤棚からしだれ落ちる満開の紫にピントを絞ってシャッターを切った。構図をいくつか変えてシャッターを切り続けながら、星野(ほしの)(あかり)はかつて大学時代の女友達と訪れたときのことを思い出していた。穏やかな()が降りそそぎ、朱と紫が青天に映え、ほのかに甘く香る空気が、遠い昔の記憶を呼び起こしてしまった。



 (かな)(ざき)()(おり)に誘われて京都へ女子二人旅をしたのは大学生のとき、もう二十年近く前のことである。

ゴールデンウィークの休みを利用して訪れた京都は、百花(ひゃっか)繚乱(りょうらん)古都(こと)を見たさに観光客であふれており、藤が見ごろとなる平等院はとりわけ人でごった返していた。人混みがあまり好きではない(あかり)は、いろいろ歩き回った末に訪れたこの寺の喧騒(けんそう)に、少々うんざりした気持ちになっていた。

 旅行計画をたてる上で平等院をメインディッシュに据えたのは、紫織が無類の藤好きであったからである。

 これまでにも彼女は、暇さえあれば藤の名所と言われる場所へ出向いていたようである。あしかがフラワーパークの圧倒的な紫の世界を生み出す巨木や、(かわ)()藤園(ふじえん)の幻想的な藤トンネルは言わずもがなであり、地域で賑わう亀戸天神や国領神社などにも行ったそうだ。

 そんな紫織ほどの熱量はないものの、花を観賞するのは好きだし、どんなに人混みであふれていても平等院の藤も美しいと、(あかり)は思った。

「壮大で異世界に飛びこんだような藤もいいけど、由緒ある建物と合わせて見るのもいいなぁ」

 紫織はしみじみと呟いた。

 確かに、藤棚越しに見る鳳凰堂は絵になった。古都に身をおいて、街並みの歴史を肌で感じながら藤を観賞することに、ひとつの「味わい」を覚えたような気がした。

 多くの人が撮影スポットでデジカメを向けるのに同調して、(あかり)たちもシャッターを乱切りし、ベンチに座って休憩をとった。

 ゆっくりと流れる人波と、天から降りそそぐような藤を眺めながら紫織は唐突に付き合っている彼氏の話を始めた。

「ケントがさぁ、全然メールを返してくれないんだよね」

「えっ?」

 話題が突然恋人のことに飛躍し、(あかり)は戸惑ってすぐに言葉を発せなかった。だが、すぐに話の進む方向を理解すると、できるだけ感情をこめずに「そうなんだ」と返した。

「もう別れるかもしれない」

 悲壮感たっぷりに伝えてくる紫織に、できるだけ無感情に「そっか」と答える。

 今にも涙がつたい落ちそうな声音で紫織は続けた。

「どうしたらいいかな?」

「別れちゃえば」

 アッサリと返すと、紫織は「なんでそんなこと言うの」と憤然した。

 このとき、この話を聞くのはもう三回目であった。

 恋愛話はキライではないのだが、ドライな性格である(あかり)にとって進展のない話を何度も聞くのはしんどかったのである。

 かねてから紫織は、話題にあがるケントという男と浮いたり沈んだりをくり返していた。はじめて聞いたときこそ、親身になって相談にのったりはしたのだが、根本的な解決には至らず同じことをくり返している。

 話を聞く限りケントはどうも煮え切らない男で、自分の都合に合わせて紫織との関係を繋いでいるようであった。基本的に男友達と遊び回るのを優先し、会いたくなったら紫織に連絡をよこすといった具合である。「付き合っているはずなのに、全然付き合っている気がしない」と、たびたび紫織は言うのだった。

 紫織も紫織でそんな男のなにがいいのか、執拗にメールや電話をくり返して恋人の絆を太くしようと必死であった。「一日に五十回もメールしてるのに一通も返ってこない!」とプリプリして愚痴をこぼしたのにはさすがに仰天して、「そりゃアンタ、重いよ!」と忠告したものである。

 紫織は決して男に困るような女ではない。むしろ、引く手あまたの女なのである。

 端正で(うるわ)しい顔立ちと、年齢のわりに気品のある雰囲気は優美であった。そこに優しさも加わって、キャンパス中の注目を集めているような存在なのである。

 だからこそ、そんな男とはさっさと別れて次へ行ってしまえばいいのに、こと恋愛には真面目すぎたようだ。付き合う人とは真摯に向き合い、忠実で誠意を尽くし、一生を添い遂げるという意思が、相手を必要以上に追いこんでしまっていることに気づかなかった。結婚を見据えたお付き合いをなんて言うほどの齢でもないのだからもっとフランクでいいと助言しても、紫織には難しかったようだ。それでも、こんな真反対の恋愛観を持つわたしに相談をしてくるのはどういうわけか——ふしぎなものであった。


 その後に別れたと聞いたのは卒業した後だったろうか。

 (あかり)は撮影スタジオに就職し、紫織はアナウンサーとしてテレビ局に入社した。別々の道を歩み始めてからは徐々に会う頻度も減っていき、お互いの恋愛事情なども分からなくなっていった。

 テレビに映る紫織の姿を一方的に見ていたので、活躍ぶりは目にしていた。才色兼備(さいしょくけんび)な人材で溢れるアナウンサー業界の中でも、紫織は持ち前の強さを武器に確かなステップアップを重ね、躍進していった。トップ・オブ・トップに求められるタレント性も磨きをかけ、好きな女子アナランキングでは常に上位三名にランク入りし、隆盛を極めた。

 それだけの活躍を遂げれば、メディアはこぞって恋愛事情を嗅ぎまわり、『恋愛体質』だの『男依存症』だの『金咲紫織に背負わされた十字架』だのと、あることないこと見出しにして書きたてた。本人を知る者にとってはずいぶん気の毒に思ったものである。

 テレビ局を退社し、フリーに転身してからはあるていど仕事量をコントロールできるようになり、少しは落ち着いているらしい。そのタイミングで会ったのを最後にもう五年以上も会っていない。



 この写真を送ったら、紫織は懐かしがるだろうか。あれだけ藤の花が好きだったのだから、憶えていないことはないだろう。

 なんだか、無性に紫織のコイバナを聞きたくなった。

彼女の結婚の噂は聞かないし、(あかり)もなんだかんだで四十手前まで独身で来てしまった。

 こんな未来を、あの頃は想像もしなかったが、年甲斐もなく恋愛話に花を咲かせるのも悪くないなと(あかり)は思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ