侯爵当主_15
それから
侯爵当主は己の始末をするための準備を始めた
己の時間はもうそう残っていないのは自分が一番分かっていた
それにもう、長男に己の庇護は必要ない
長女にはそもそも、己の庇護は届いていない
そして、幼子は己の手を振り払い
己の庇護下を飛び出ていった
心残りとなるような庇護すべき者はいない
そして、敵対者たちには
しっかりと足かせを嵌めたので
長男が学園を卒業し、当主代理としての権限を与えれば
長男自身が容易に叩き潰すだろう
侯爵当主の役目は、ようやく終わった
嬉しいことに、侯爵当主が願った通り
長男は侯爵家悲願の魔道具を作り上げてくれた
5人一組で魔力を放出すると、
魔道具が5人の魔力を繋ぎ、五芒星を作り
小さな核をくみ上げる
今まであった魔法陣に
そんな機能を付加した魔法陣を新たに作り上げ
これから先、侯爵家の者だけが負担を被り、核を作り上げずとも
侯爵家の者が誘導するだけで、十分、効果を発揮するだろう
魔力枯渇を繰り返すのは仕方がないが
氷の魔法や王族並みの魔力量とそれを扱える魔力操作という
厳しい条件の、限られた人間だけで
守護騎士の役目を背負わないで済むようになる
そうなれば、
侯爵家なら十分な人数を派遣できる
何より、身の安全が確保されるならば
侯爵家以外の古き一族も一度は捨てた、真の意味での
初代への忠誠と誓いを果たす者、という名誉を求め
今更ながら参戦してくるだろう
腹立たしさはある
でも、それでもいい
いや、そんなことはどうでもいい
なぜなら、これで建国から脈々と、人知れず、ただ、
道具として消費され続けていた守護騎士という立場を
ようやく覆すことができる
そのことに心が震えるのは、結局
こびり付いた侯爵家の誇りのせいだろう
でも、それさえどうでもいい、と感じる程
長男が作り上げてくれたその魔道具が嬉しかったし
その魔道具を作り上げてくれた長男を誇りに思っていた
他家だけでなく、王家からも、そして、領地からも
長男の婚約者についてとやかくと言われるが
長男が婚約者を持つつもりがないことは気づいていた
周りがいうような
男女の情愛が長男と長女の間にあるとは
侯爵当主には思えない
彼らにあるのは、純粋な家族としての絆だ
ただ、それが純粋過ぎて、かつ、強すぎるために邪推する
何より、そもそも二人を
周りは鼻から邪な目で自身が見ていることにすら気づいていない
侯爵当主が長男と長女に庇護者足りえなかったから
二人は二人だけでお互いを守り合うしかなかった
そのことに親として一番悔いを感じている
でも、いや、だからこそ
侯爵当主は彼らが巣立つときが来るまでに
万難を排し、好きに生きられるよう手筈を整えてきた
長男が結婚を拒むのならば、と
甥っ子たちを領地で鍛えるように伝えた
長男が次代を生み出さずともいいように
長男にそれを強いないように
侯爵当主は古参の者たちが犯した罪などを盾に認めさせた
長男はそも、次期侯爵なんてものに執着していない
だから、侯爵位を盾に結婚を押し付けられたら
長男はきっと長女を連れて、己の館に引きこもるだろう
長女の治療のために、薬草研究をしていた長男は
様々な薬草の新たな効果などを発見したり
新たな傷病薬を作り上げて、特許を持っている
それだけじゃなく
魔法陣も数多生み出しており
その特許も莫大だ
長男、長女が生きていくだけなら
薬草を育て、研究するために領地に確保した館で
十分、生涯、生きていけるはずだ
だから、欲にくらんだ者が
長男たちの邪魔をしないようにする
その手筈だけは整えた
後は彼らが思うように生きていけばいい
長男は魔道具を作り上げただけで
侯爵家の者としての務めを既に十全に果たした
これ以上、彼らに、誰にも、何も言わせはしない
これ以上、彼らから誰にも、何も奪わせはしない
そう、誓った
誓っていたのに……
結局、侯爵当主は己に誓っていた
彼らの巣立ちさえ守りきってやることができなかった。




