侯爵当主_14
まだ反応待ちの相手もいるが
報復行為を終え、ひと段落した頃
侯爵当主はようやく、己の最上の婚約者の喪失を認めた
最上の婚約者との間に生まれたであろう我が子として
いや、もしかしたら、その生まれ変わりとしてその存在を重ね合わせ
大切に、できうる限りの余暇の時間を全て注いで育てた幼子は
その色味も顔立ちも最上の婚約者そっくりなのに
その性質は侯爵当主が侮蔑する付属品の後妻と瓜二つになってしまった
年の半分以上をベッドの上で執務を熟し
その残りで当主がいかなければいけない視察を熟す
それ以外にも
敵対者の情報集めや報復行為、
侯爵家に対する不要な干渉の阻止など
己を支える者のいない侯爵当主は
一人でそれを熟さなければならなかった
もちろん、領地の事や魔道具の事など
領地の弟たちが自分を支えてくれることは理解している
だから、皆が勧めるように
役立つ夫人を娶れば
領地から親類を呼び寄せれば
何より、長男を補佐とすれば
侯爵当主の多忙は和らいだはずだ
その余裕があれば
誰が、どう言い繕っても長女への虐待行為など見破ったし
そもそもあの状態になる事を許す事はなかっただろう
だが、実際には
侯爵当主はそれすら気づけないほど
多忙で、心身共に限界だった
でも、役立つ夫人を娶れば、
長男、長女の権利が脅かされる可能性がある
もし、領地から親類を呼び寄せれば
長男、長女がかつての侯爵当主がそうであったように
因習に囚われてしまうかもしれない
そんな恐怖が侯爵当主は拭えず
ただ、己の限界を超えても
子どもたちが子どもであるための時間を守ることしか頭になかった
そんな時間さえない侯爵当主が
幼子が常に傍にいる歪んだ大人に汚染されるのを阻むことは
そもそも、無理なことだった
でも、必死に苦言を呈し
想像力を働かせるように言い続け
真面に育つよう、家庭教師その他を自ら手配した
己が見放してしまったもう一人の娘と違って……
でも、幼子はその母のように、
マナーも中途半端、勉強も厭い、欲しいモノを見ると
媚びが滲んだ醜悪な笑みで、侯爵当主にあれこれと強請る
そんな令嬢に育ってしまった
親として自分が足りてないことは理解していたが
唯一、手を掛けたと言える幼子が
唯一、貴族として育たなかった結果に
久しぶりに侯爵当主は絶望した
寝顔を見れば、
今でも、最上の婚約者が重なるほど似ているのに
起きて、表情を浮かべたら
似ているからこそ、その醜悪な笑みに吐き気がした
13になって、学園に入って
何度も厳重注意の知らせを受け、更に、二度の停学まで受けて
ようやく、侯爵当主は幼子が
最上の婚約者の生まれ変わりでないことを認めた
そして、その時、ようやく
侯爵当主は目を逸らしていた事実、
最上の婚約者との永遠の別れを認めたのだ。




