侯爵当主_1
「今回の騒動の責任をとって、
候爵位は領地代官を務めていた弟に任せることになりました
そして、これを機に、己の魔力の限界と
継ぐものを失ったため、守護騎士の座を返上します」
必死に引き留める王妃の言葉を聞き流し
国王だけをまっすぐ見る
国王は僅かに悲しげな眼をしてから
分かった、と頷いた
御前失礼いたします、と下がる侯爵当主は
もう二度とこの地を踏むことがないことに安堵した
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市井の者は
豊富な魔力を持ちながら、魔物討伐もしない、と貴族を謗るが
貴族が魔物討伐しないのは当たり前だ
なぜなら、貴族の魔力は領地の領域浄化に消費する
もし、その領域浄化がなければ
たとえ町に結界を張っても、結界内に沸く瘴気から魔物が生まれ
人々を襲う
街中が安全なのは結界のお陰ではなく
街中に施した法陣が街中の瘴気をある程度浄化し
魔物の発生を抑えているからだ
そのために、領地持ちの貴族は
己の領都に安置されている領域浄化の法玉に日々魔力を注ぎ
領地にある町々に施している陣を起動し、瘴気を払っている
それこそが貴族の責務で、
この国の貴族を貴族として足らしめる所以でもある
もちろん、領域浄化は領地が広ければ広いほど負担が大きい
だから、魔力量の多い古き一族が大きな所領を持ち、維持する
広大な領を持つことをを羨むのは
碌に、魔力も持たない愚かな新興ぐらいで
領地を授かった中堅は
その負担に喘ぎ、領地の返上を願うことさえある
結局、ほとんどの中堅が己の家だけで領地浄化を維持できず
古き一族に助けを求め、庇護してもらう代わりに
古き一族に膝を折る
そうして、この国では
一部の力ある者の献身により、武力を持たない者を庇護し
武力を持たない者を生かすことで文化を深め、発展を遂げた
この国以外では、未だに
武力を持たない者は奴隷のように酷使され、使い捨てられるか
武力を持つ者の寵愛に縋って生きるしかない
この大陸、いや、この世界は
力弱き者にとって、そんな過酷な場所だ
だから、この国の建国者は
力なき者にも己の生を全うする環境を与えるべきだと考え
この国を興した
この大陸で力なき者の唯一の楽園として
この国は多くの移民を受け入れ、それぞれがそれぞれの場所で
己の能力を最大限に発揮し、己の役割を果たし、大国となった
今から2500万年程前の建国時
家で安心して眠れるという当たり前が当たり前でなかった頃
力なき者の誰もが持っていたはずのその感謝や敬意
皆がそれを都合よく忘れているようだが、
貴族が、特に、古き一族と言われる大貴族たちが義務を放棄すれば
この国は他国同様、力なき者の地獄と化す
なぜなら、この世界は今も変わらず
力なき者にとって、過酷で、地獄のような環境なのだから
力がない故に町から外へ向かうことがないから
彼らが都合よく、それを忘れてしまっているだけで
その現実は今も変わらず
どれほど彼らが目をそらそうと存在している。




